ペール・ヴァールー&マイ・シューヴァル著「笑う警官」(角川文庫1972年)

スウェーデンの警察小説。夫婦が共著で書いている。マルティン・ベックシリーズとして10作ほどあるらしい。そのひとつがこれ。ストックホルム郊外で2階建ての路線バスで殺人事件が起こる。その捜査の中心がマルティン・ベック刑事だ。北欧というと、ムーミンアンデルセン、オシャレな家具やら、充実した社会福祉しか思い浮かばなかったが、警察小説を読むと、いづこも同じ秋の夕暮れ。酔っ払いもいるし、麻薬中毒もいるし、詐欺師、売春婦もいるのだ。世界のどこかの国が幸せ一杯パラダイスというわけではない。小説は面白い。スウェーデンの地名やら名前に馴染みがないので、そこに戸惑うことはあったが、とにかく飽きるこなく読み進められる。殺人課の刑事たちの個性がしっかり描かれている。後半、全方位から渦巻きのようにぐるぐると事件の核心に近づいていくあたりは見事だ。古い小説だが北欧を知らないせいもあるが、古さを全く感じない。さすがミステリーの賞を取る作品だ。寒い冬はミステリーを読むのには最適かもしれない。暖かい部屋でゆっくり読みたい。ミステリーと寒さには何か引き合うものがあるのかもしれない。とすると北欧ミステリーが面白いのもうなづける。年末年始はミステリー三昧にしよう。ちょっと楽しくなってきた。

NHKドラマ10「昭和元禄落語心中」

岡田将生と山崎育三郎のダブル主演のドラマ。タイプの異なるふたりの男が共に落語を愛し噺家になる話。落語を真ん中にして対称的なふたりの男は、やがて「みよ吉」という芸者を挟んで、ひとりは死んで、もうひとりは生き残る。残った菊比古が八代目八雲を襲名し、亡くなった初太郎(助六)は、みよ吉との子ども小夏を残す。小夏は八雲の養女となってやがて八雲の弟子与太郎と一緒になる。原作はマンガらしい。最近はマンガ原作が多い。面白いストーリーに落語の演目が重なる。「タイガー&ドラゴン」、「ちりとてちん」など。役者さんは大変だが、見ている方は2倍楽しい。今回はそれが美しい男性ふたりがやるのだから、たまらない。岡田将生君の老け役は随分無理もしているのだけど、老獪な魔女のようでそう悪くない。小夏演じる成海璃子はこういう我の強そうな役ばかりだけど、特に今回はいい。かたくな小夏と老獪な八雲、ふたりに共通するのは、失った助六を求める「切なさ」。同じ哀しみを抱きながら生きていく。しびれる。助六の「芝浜」も良かったなあ。「野ざらし」「死神」、落語がしみる年頃になった。。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」(2018)

クィーンのことはよく知らないで見に行った。映画の出来事が本当かどうかは分からない。映画はとても良かった。前半はフレディ・マーキュリーの話し方が気になってうまく乗れなかったが、後半はどっぷり。涙ぽろぽろ。クィーンの音楽は美しくて力強い。子どもの頃から聞くともなしに聞いていた音楽が、映画を見て急に芽吹いたような感動があった。しばらくはクィーンを聴いて浸りたい。天才フレディ・アマーキュリーはHIVで亡くなった。今はHIVの話はあまり出なくなったが、当時は皆が怖れおののく病気だった。まあ、今も怖い病気に違いないのだか。フレディは成功し、天才の宿命「孤独」を募らせ、気がついたら病にも冒されていた。その絶望たるや、マリアナ海溝並みに深かったはずだ。残り時間が見えると人は迷いが消えていく。これも神様の計らい?ただ純粋に命を燃やし尽くすその姿は切ないが、神々しくもある。神がかり的な才能を人はうらやんでしまうが、神に愛されてしまうと引き換えにとんでもない不幸を背負うものだ。才能の欠如を嘆くべらかず。どんな天才でさえ、結局のところ、赦して欲しいのだ、頭ナデナデされたいのだ。母から、父から。愛する人から。ただその胸で眠ることだけを夢見て人生の荒野を放浪するのかもしれない。合掌。

よしもとばな「ゆめみるハワイ」幻冬舎文庫2015年初版

ハワイ好きの友人から読んで欲しいと言われた。私がハワイ島在住の男性と知り合ったと告げたせいだ。ハワイ島のコナに住むその男性とはその後大した進展はない。近い将来私がハワイ島に行くかどうかは全くわからないが、「ゆめみるハワイ」はそんな曖昧さもゆったりと包み込むような本だった。よしもとばななは「キッチン」「TUGUMI」以来だった。あの頃のばななさんは牧瀬里穂がいる世界だった。キラキラ小さく光る星みたいだった。だが月日は流れ、いつしか私にはキラキラの片鱗さえ見つけられない。歳月は平等だ。ばななさんも年をとった。最近のばななさんは「フラ」をやっていて、ハワイと大変愛をしている。「ハワイ」本が書けるほどの熱烈ぶりで、ハワイにも存分に愛されているみたい。この本はその愛の記録なのかもしれない。多くを語りはしないけど、じわっとする話だった。愛することを怖れてはいけない。そのまま生きていればいい。どんな「わたし」でも包み込む力がハワイにはあって、自分はいつでもそこに行けばいいのだ。そんな風に言っている気がした。ばななさんが静かに、全力で言っている気がした。ハワイ島の彼とはご縁はなくても、ハワイには行こうかな。ハワイ、ハワイ。そう唱えればいろいろ乗り越えられる気がする。愛は奇跡、エネルギーの源だ。

井上ひさし「私家版 日本語文法」新潮文庫 初版昭和59年

井上ひさしの日本語の本。私家版なので、文法学者じゃないけど自由に物を言うぞとの宣言らしい。博識な井上ひさしのやや慇懃な物言いも面白いのでだんだん気にならなくなる。彼の言葉に対する貪欲な好奇心と繊細さに驚くばかり。言葉の底辺に流れる「自由平等」の精神みたいなのもいい。反骨精神。偉ぶりたくないから、例文は卑近なものをいれる。ニヤリとさせたいのだ。日本語文法に特に興味もなくても巧みに引き込まれていく。随分昔の本だが、今読んでも楽しい。心に残ったのは、言葉は本来うそつきだということ。主観的な感情も言葉にすると客観的になる。別なモノになる。胸の思いも言葉にした瞬間に軽くなってしまう。言葉はそういう質なのだ。言葉は時には武器に、時には自分を守る盾にもなる。甘い気分も奈落の底の恨み言も、全部私達の心から出て飛んでいく。言葉を大事にしていきたい。上手に嘘もつきたい。いろいろ大事にしていきたい晩秋である。

TBS「大恋愛」

ムロツヨシ戸田恵梨香のラブストーリー。大石静先生の脚本だ。若年性認知症にかかった主人公と彼女を愛する男性のお話。もうそれだけで涙が出てくるベタなお話なのだが、なかなか毎回良いのである。主役の戸田恵梨香がまずかわいくて切ない。相手役のムロツヨシが回を追うごとにかっこよくなって、これがまたたまらない。戸田恵梨香の元婚約者で主治医が松岡昌宏。ぐぐっと感情を抑えたクールな役柄、ちょっと美しすぎる顔がここは効果的。条件抜群の松岡と別れてムロツヨシと「大恋愛」なのだ。何もかも忘れていく彼女をめげずに愛し続けるという崇高な役。それがムロツヨシ。彼をキャスティングしたことがこの番組の勝因。戸田恵梨香ムロツヨシを愛するからいいのだ。スペックの高い男性をふり、普通の男性を愛する醍醐味に女は弱い。長期戦の結婚だとこの醍醐味にハマった自分をあとで後悔することになるが、三年位の恋愛ならこの醍醐味は有効だ。つまり結婚には恋愛の賞味期限内に次の醍醐味が得られるかどうかが重要なのだ。さすが百戦錬磨の大石静先生。いろいろ分かってらっしゃる。健やかなるときも病めるときも愛しつづけるのは簡単ではないね。

こだま「夫のちんぽが入らない」講談社文庫

話題の本が文庫本になっていた。予想していた話と全然違った。タイトルが衝撃的だったからその真相が知りたくて読み出した。真相はわからぬまま、違う話が展開。タイトルにダマされたとも思ったが、それはそれで面白い話でもあった。「ちんぽが入らない」なんてことが本当にあるのかなあと今でも思う。でもそうなんだとも思う。小さい頃から言いたいことも言えない小心の「私」は、人づきあいが苦手なまま、旦那さんと出会い、教師になり、結婚する。辛い経験を経て、早々に閉経を迎え、やっと「平和」を得ていく。いつまでも若くいたいと思う女性ばかりではない。「女」という荷物を下ろしてホッとする人もいる。性は厄介だ。意思とは関係ないところで人を動かす力がある。だからこそ生きものは繁殖出来るのかもしれない。性は命の真髄。神の領域の話かも。