野村万作・萬斎 狂言のゆうべ 文京シビックセンター大ホール

文京区在住の萬斎さんが、最初の30分、演目の説明をしてくれる。相変わらずシュッとしたキツネ顔の萬斎さんも51歳。でも若々しい。15年ほど前は萬斎さんに夢中だったことを思い出した。出し物は3つ。小舞「景清」は萬斎さん。キレのいい華やかな舞。つぎは、万作さんの「川上」。盲目になって10年ほどした男性が、霊験のある地蔵に会い山に登り、地蔵に目を治してもらう。地蔵は男に「嫁とは悪縁があるので、すぐに別れなさい。さもなければ、また盲目になるぞ」と告げる。目が見えるようになった男は喜び、杖をうち捨て山を下りる。早速嫁に会い「別れよ」と言う。嫁は怒り狂って大騒ぎ。騒いでいるうちに男の目は再び見えなくなってしまう。杖のない男は両の手を前に伸ばし空を探る。その手を嫁がさっと引き、ふたりは一緒に帰っていくという話。万作さんは今年85歳の人間国宝。動きも言葉も表情も素晴らしく深い。盲目の悲哀も、嫁へ別れを告げる冷酷さも、目が見えてもう杖など要らぬと投げる捨てる調子の良さも、再び嫁に手を引かれる弱々しさも、図々しさも。どれも濃すぎず薄すぎず。見る者の心にすーっと入り込む。なんだろう。心にどーんと来た。最後は萬斎さんの「仁王」。ばくち打ちが破産して仁王に化けて、お供えもを頂戴して稼ごうとする話。仁王に化けた萬斎さんのおどけぶりに、好きだった頃の自分を思い出した。萬斎さんはコミカルなところがいいのだ。少し感慨深くなっていると演目はすべて終わる。ちょっと食い足りないが、これくらいがちょうど良い年齢となった。まことの花とは、盛りを過ぎ、葉を落とした命が再び幼子のような純粋さに辿りつくことなのかもしれないな。