広瀬浩二郎「目にみえない世界を歩く 「全盲」のフィールドワーク」平凡社新書(2017)

友だちに目の不自由な人がいるので買ってみた。著者は大阪にある国立民族博物館の学芸員。「触れる」展示に力を入れている。著者によると、そもそも視覚は一瞬のうちに大量の情報を伝えるパワフルな感覚らしい。そんなことに気付きもしない「見常者」は、視覚の長所にも欠点にも疎い。「見常者」とは、著者が使う言葉で、主に視覚によって物事を認識している人のことをいう。健常者という言葉に引っかけて、この本では、「見常者」「触常者」という言葉を使っている。さすが。視覚障害者は言葉を巧みに使う人が多い。「触れる」ことは直接的に心に響く。フォークダンスで手をつないだ男の子のことが突然好きになってしまうように。ハグしたり、握手したり、キスしたりと、何気なく他人と触れあう機会が多い国とは違って、ここ日本では満員電車でぴったりひっつくことはあっても、触れあうことはほぼない。無闇に触れてはいけないと教えられてきた分、触れるのは難しい。触れることで、認識する世界はある。触れることで伝わることがある。触れることでホッとすることもある。視覚以外の感覚に頼って世界を歩く著者のような人たちには、選択肢はない。触れないと仕方ない。確かに違う文化かもしれない。触常者は日々、見常者にはない苦労と喜びに遭遇している。ぶつかることなんて頻繁で、痛い思いもたくさんしてる。底知れない孤独な思いも人一倍、感じてもいるのだろう。多少強引で突っ走った感のある本だったが、それでも、著者の思いは、必要な光だと感じた。怖れず、ちょっと手を伸ばして、触れて、触ってみようかな。見常者の私も何かつかめるかもしれない。