田辺聖子「お聖どん・アドベンチャー」 集英社文庫 (昭和55年初版) 

田辺聖子の存在は知っていたのに読んだことがなかった。関西弁っぽい言葉を話す人間には若い時分には読む気がしなかった。だが、東京の言葉に日々さらされて久しくなると、関西弁の田辺聖子が読みたくなった。昭和55年、今から約40年前に書かれたこの作品は、今の日本の状況と皮肉にもぴったり合う。言論統制で小説家が自由に物語が書けなくなった時代。失業した小松左京筒井康隆と三人で、慣れぬ仕事を次々とやって放浪する話だ。奇想天外な話だが、田辺聖子のゆるゆるな語り口にのせらせていく。語り口調の柔らかさとは対照的に冷静な観察眼と洒落がきいている。易しく、楽しく、深く軽妙だが、描かれている世界は笑えない。平和に暮らせている日常は足元では浸食が進み、いつ崩壊してもおかしくないのかもしれない。40年前のゆるゆるな小説の中に、こんなに怖い兆しがあるとは思っても見なかった。