丸谷才一「夜中の乾杯」文春文庫(1990年)

「まるやさいいち」の名前を知ったのは18歳のときだった。友達になった人が読書家で、好きな作家はと尋ねたら「まるやさいいち」だと言われたのが始まりだった。彼女の部屋は本が一杯並んでいた。ちょっと難しそうな本ばかりだったから、丸谷さんの本も私には無理だろうとしばらく読んでいなかった。何年かたって「女ざかり」を読んだ。面白さもそうだが、文章が滑らかでびっくりした。ひっかるような難解な言い回しが一切ない。でも内容は深くて濃くて面白い。本物とはそういうものかもしれない。このエッセイも楽しい。実家の古い書棚から持ってきたのだが、この本が出版された当時のことを思い出した。知的であることをあの頃は願っていたはずなのに、気がつけば知的にならぬまま下り坂。しかしそれでも生きている。美味しいお酒を飲みながら、丸谷才一のエッセイを読んで過ごす時間は至福。生きる喜びである。丸谷さんは2012年に亡くなっている。うかうかしていられない、人生はあっというまだ。