吉村昭「三陸海岸大津波」文春文庫(初版2004年)

もともとは昭和45年に中央公論から出された単行本「海の壁」だった。それが文春文庫で出版される際にこの題になったらしい。私の読んだものは2011年5月の第11刷。この時期に多くの人がこの本を読んだようだ。今年はあれから10年。世界中がコロナという災厄に見舞われているなかでの10年目。今までとは違う3月11日が来る。本書は記録文学といわれ、作者が三陸で起きた過去の津波を調べたものが丁寧に綴られている。記録をどんどん破棄してしまう昨今の政権下でいうのもなんだが、記録は大事だ。大人はみんなそう思っている。津波は「よだ」とも呼ばれ、「海がうそぶく」と書く「海嘯」を「つなみ」と読んでいた。津波と私たち日本人の付き合いは長い。天災は忘れた頃にというが、ここ最近は忘れるまもなく、次々と天災が発生している気がする。人間ひとりの小さな力では抗えない大きな災害に備えて、私たちは出来るだけの知恵を集めて、次の防災に努めるしかない。その意味でもこの本は素晴らしい。この本で紹介された昭和8年津波も3月頭の寒い時期だった。10年前のあの日も寒かった。あのときのことを今一度思い出す。「誰一人置き去りにしない。」と、ドイツのメルケル首相が言ったとか。胸にしみいる言葉だ。不安で誰かを批判したり、憎しみで自分を紛らわしたり。世界はどんどん荒れていくけど、希望を忘れずに進まないと、あの日亡くなった人たちに申し訳ない。そうそう、記録も捨てずに、ちゃんと残さないとね。大人はみんなそうしているのだから。