古い本棚から電車に乗る時に読めそうな軽い本として持ってきた。数ページずつの短いエッセイが集められている。今では故人になった有名人たちのエッセイが時代を越えて語りだす。1998年は今から27年前。あの頃の自分、あの頃の日本を思いだすと、既にこの頃に今のわたし、今の日本の下書きは出来ていたのかもしれないと思った。経済の下降、デジタル社会の到来の兆しなど、社会は大きく変容した。世の中は良くなっているけど、悪くなってもいる。我が身を振り返れば、人生の大事な時間をただ自分の為に生きてしまったなあと思った。誰かの為に生きたかったはずだったのだが。後悔はたくさんある。でも自分なりに最善を尽くしていたはずだし。後悔を抱えて生きるのもそういうほど悪くない。タイトルの最高の贈り物は最後のエッセイから来ている。小学先の女の子の祖母がまな板を家族に残したという話。自分は何を残すのだろうか。読み終えたら、エッセイの内容はすっかり忘れてしまった。ただ面白かったという感覚だけが残った。認知症ってこういう感じなんだろうな。詳細は何にも思い出せないのだけど、感情だけがぼんやりと残る。そう遠くない未来にそうなった時に勿論ここに書いたことは思い出せないだろうが、一度来た道を歩いているという感覚はぼんやり思いだすかもしれない。