中勘助「銀の匙」岩波文庫(初版1935年)

積読チャンネルの飯田さんがこの話をしていたので再読した。ある男の子のお話である。大人の視点ではなく男の子の視点で子どもの世界が描かれている。描写がゆったりとしていて、まさに子どもの時間で進んでいく。読みすすめると、つい自分の幼少期を思い出す。子どもの時、怖くて仕方がなかったことや、子ども同士の容赦ないやりとりやら、大人になると自然と忘れてしまう世界を思い出した。二部構成で後半は少し成長した時代が描かれている。幼ない頃から溺愛してくれた伯母と再会するシーンは、太宰治の「津軽」を思い出した。生意気な子どもだった主人公を年老いて耳も目もはっきりしなくなった伯母が手を頼りに体中撫でまわす姿を作者は淡々と描く。映画のように情景が眼前に広がって胸がキュンとした。悲しみも喜びも人生のひとコマに過ぎない。過ぎてしまえばあっけない。子どもの頃のキラキラした時間はもう再び巡り合うことはない。気がつけば人生は夕方で日没前。これからは自分の能力も格段に落ち、親族や友人は次々と亡くなる。喪失の時間が増えてゆくのだと思うと、何でもかんでも忘れてしまうことも、神様の配慮なのかもしれない。この本は忘れてしまったキラキラした子ども時代を思い出させてくれる素敵な本だと思う。きっとまた忘れるからまたそのうち再読すると思う。