角幡唯介「43歳頂点論」新潮新書(2025)

よく知らない人だったが、題に惹かれて購入。読んでいくと自分でもびっくりするほど著者の言う事がうなづける。ああ、同じタイプの人だ。若い頃は、一般的な幸せに意味が見いだせず、むしろ嫌悪さえしていた。今では、歩めなかった道の意味も十分理解している。幸せは人それぞれだし、どこでもいつでも変わり者は一定数いる。著者と同様に心の内に意味不明の強い情熱を持つ。それに火がつくと無闇に疾走してしまう。走り出すと最早やりたいかどうかも分からなくなり、タスクをクリアしていく程に追い詰められていく。探検家や登山家はそこで命を失うのだという。平出和也さんと中島健郎さんの最後の登山を追ったドキュメンタリーを見た。中島健郎さんが家族と楽しい時間を過ごしたあとに、涙を流しながら何で行くんでしょうねと言ってたことを思い出した。その答えの一端がこの本にはあったように思う。角幡さんは男性なのだが、女性なら43歳といえば初産限界年齢だ。早く産めばよかったのだが、そうもいかず。卵子は生まれてからずっと老け続けるが、精子は年齢と共に生産されるからか、この時期男女の老い方に差があるように思う。振り返ると30代で感じる万能感は傲慢だった。40代で肉体の頂点が過ぎた事を体感したが、心はまだ絶好調だったなあ。頂点を過ぎた開高健は釣りに、著者は狩猟に舵をきる。ここからでも世界はまだまだ広がってゆく。子どもを持たなくても、登頂しなくても、生命は続く。命を震わすような本質的喜びは強弱はあるけど死ねまで存在するのだと思う。フィギュアスケートの金メダリストのアリサ・リュウのいう、ただ自分の物語を紡ぐだけである。外は少しずつ春めいてきた。また何かを始めるよい時期である。