宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション下 文春文庫(初版2004年)

三冊シリーズの最終巻。読後感は一番重厚だった。やや長めの「生けるパスカル」。悪妻を持つ絵描きが妻を殺す話。悪妻ゆえに芸術性が高まるか。確かに不幸とアートは仲がいい。些細なことから破綻が始まり、クライマックスはあっという間にフィニッシュ。余韻はグダグダ書き連ねないから生まれる。いたたまれない気持ちのまま終わる作品も多い。「帝銀事件」の話や「鴉」は、漆黒の闇をのぞいてしまったような気持ちになった。作品を通じて流れる、低くて暗い昭和ムード。低い音がどーんと身体に響き渡ってしばらく滞留する感じだ。ずっしりとした骨太のものが今は欲しいのかもしれない。「西郷札」は明治維新の時代、西郷隆盛らが資金調達のために作った札を巡る話。腹違いの兄妹の思慕を嫉妬した明治のエリート。義理の兄を巧妙に陥れる男とそれを知ってもどうすることも出来ない貧しい出の妹。最後はどうなったのか想像を残して終わる。物事の正義は私のような浅薄な者にはよくわからない。ただ大きな権力が覆い隠す真実が、わずかでも漏れ聞こえてくるとげんなりする。どうせ騙してくれるなら死ぬまで騙して欲しかった。コロナで暇を持て余していると不都合な真実が目に付く。ツイッターと文春がなければ、永遠に知ることもなかったというのも、何だかなあと思う。私たちの暮らす世界はすっかり手垢がついて随分と汚れたものになってしまった。消毒してキレイにして、病の種をたちきりたいな。新しい生活様式、今はそういう時期にきているのかもしれない。

宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション中 文春文庫(2004年初版)

宮部みゆき御推薦の松本清張の短篇集の2冊目。前半は悲しい女の話、後半は訳あり男の話。まさに私が思う松本清張の王道。加齢のおかげで世の中の悲哀が多少はわかるようになった。お姉ちゃんの旦那さんを愛してしまう妹の没落とか、騙されてひっそり死んでしまう療養所住まいの女や。今では信じられない話だが、30歳を超えた女性が「行かず後家」と言われ、居場所がないなかでも地味に真面目に生きる話とか。薄幸だからといって他人を貶めるようなことをするとは限らない。宮部みゆきの言葉通り、松本清張の目線は冷徹だが、弱者への目は暖かい。後半の男性シリーズは一転して男性の愚かさや女々しさが存分に描かれていて面白い。結局、男も女も人間、欲望を抱えながらただ安穏な生活を求めているだけ。生きることはキレイごとだけではすまされない。動物は大好きだけど、焼き肉も大好物~という事と同じなのかもしれない。コロナウイルスのおかげで世の中はガラガラポンの混沌の海。前の暮らしに戻れない。戻らなくていいのだ。苦しんでいる人もいるが、喜んでいる人も少なからずいる。新しい世界、どうなるかわからないからこそ、座れる椅子が増えてきた?サバイバルしていく力を今は試されているのかもしれないね。

宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短編コレクション上 文春文庫(2004年初版)

昭和の巨匠松本清張を読みだしたら、BSで松本清張のドラマが始まった。偶然というよりも、読んでいるから目に留まったのかもね。宮部みゆきが選んだ短編作品が上中下の3巻にまとめられている。宮部みゆきの前口上が効いていて、清張を知らない読者も巧みに誘ってくれる。その1巻目。初期の作品『或る「小倉日記」伝』は芥川賞を受賞してたんだね。森鴎外の小倉滞在時の話で、松本清張の原液みたいな濃厚な味わいがあった。ノンフィクションとしての作品として、昭和史発掘・二二六事件、追放とレッドパージが選ばれている。私には読み応えがありすぎた。政府や軍部によってキレイに隠された話を細やかに冷静に暴き描いていく。表面に出ている事実はホンの一部なのは今も昔も同じだが、今、こうやって詳らかにしてくれる人はいるのかなあと思う。どの作品にも流れる昭和の空気。高度経済成長の日本の中でこぼれ落ちてきたものに対する清張の視線を感じる。カッコいいし、胸に迫る。世間のレールから外れ落ちていくのは自分のせいでもある。でも自分だけのせいではない。世界が変わりつつある今、上っ面に流されないように。深層を見つめていかねばね。今、松本清張と出会うのも何かの誘いかもしれない。そう思って上巻が終わった。

陳舜臣「中国名言集 弥縫録」中公文庫(1986年初版)

最近、中国に興味がある。中国名言集とあるので読もうと思った。陳舜臣さんは神戸生まれで台湾の方だったらしい。タイトルの「弥縫(びほう)」という言葉は全然知らなかったし、読めなかった。難しい言葉も多いが、「五里霧中」「酒は百薬の長」など馴染みの言葉も多い。中国の歴史は日本の歴史以上に疎いのだが、語りが面白いので、ずんずん読める。ちょっとしたネタの宝庫なので、ちゃんと覚えていられたなら、宴席で知ったかぶりもできそうだ。ただ今は宴席がない。全世界的な在宅生活の到来。未知のウイルスに翻弄された私たちはいつどこに着地するのだろう。誰にも答えは出ない。どんなこともいつか終わりが来るはずだから、要らぬ心配などしなければいいのだが。ウイルスが終わる前に自分が終わるかもしれない。だからいつ訪れてもおかしくない最後を、いわゆる「有終の美」で飾りたい。この本の最後の言葉だ。「有終の美」の秘訣は「謙」にあるという。そういえば、「謙虚」は今年のテーマだった。この騒ぎで忘れかけていたが、今一度、胸に刻もう。おごり高ぶることなく、低い姿勢で見渡せば石につまづくこともない。恵まれた日常をありがたく思い。大切な人に感謝を伝えよう。うっかり感染してそのままさよならかもしれないし。二度と会えなくなるのなら、もっと優しくしておけばよかった。ユーミンもそういっていた。中国3千年の歴史の中で生まれた名言の数々、人類はいつかコロナをすっかり乗り越えてしまうことを感じさせてくれた。ただ、今の私たちにはまだそのゴールは見えていないけどね。

藤沢周平「闇の穴」新潮文庫(昭和60年初版)

通勤で読んでいたが、今はお風呂で読んでいる。困ったときの藤沢周平。馴染みの居酒屋のように、安心して楽しめる。短編集で今回はちょっと薄幸な話や、民話的な話が入っている。海坂藩モノとは違う味わいがある。変わらず市井の人々の感情を細やかに描いていて、こうした災厄の時期にあって、不自由な思いを感じる日々には一層しっとり心にしみる。女性目線の話があった。「闇の穴」「夜が軋む」だ。女心の細やかなうつろい具合が素晴らしい。でも同時に藤沢周平という人は怖い人だなあと思ってしまう。心を読まれて裸にされてしまうのが怖いのだ。わかってほしいという気持ちもあるが、ばれてしまう方が怖いという気持ちがいつも少しまさる。心のガードをあげて守っている。自分の孤城に閉じこもってしまう性癖があるのだが、まさに今の現実はそういう状態だ。不思議な感覚。誰とも接触せずひとりでいること。今はこれが良しとされるわけだ。疫病蔓延の2020年。今後どうなるかはわからないが、新たな時代の始まりだと思う。

柳宗悦「手仕事の日本」岩波文庫(1985年初版)

民芸の柳宗悦の日本の手仕事の本。昭和10年頃の日本の手仕事の状況を記している。北から南へ丁寧に辛辣に綴られている。芹沢銈介さんの挿し絵もあって分かりやすく楽しい。あれから90年ほど過ぎたわけだ。この中のどれくらいの手仕事が消えていってしまったんだろう。効率が優先されて、時間や手間を要する手仕事が継承されなかったのも仕方がなかったのかもしれない。近代から現代へ、いろんなしがらみや不条理が消えたと思ったら、また別のゆがみや憎しみが生まれていた。合理的で平等で豊かな社会を目指していたはずだが、気がつけば、世知辛くて無責任で格差が広がった社会の中にいる。なんらかの天命ではないかと思うほど、世界は新型コロナウイルスで翻弄されている。今までにない世界の始まり。やがてくる新しい世界では私たちは失った何かを再び手に入れるやもしれない。だが、その前に自らが消えているかもしれない。大きく何かが変わろうとしている今、手のひらをみつめて、問いかけてみる。何ができるのだろうと。この手でできることに今は愛情をもちたいと思う。もうそれくらいしかない気がする。

NHK夜ドラ「伝説のおかあさん」

前田敦子のドラマが久しぶりにいい。キュートQ10以来かも。ママになった前田敦子RPGの世界で働くママの魔法使いになって魔王を倒しに行くという話。今どきのママが抱えるいろんな問題が面白おかしく描かれている。前田敦子のお母さん役がかわいい。子どもを抱いている姿がしっくり来る。キュートのロボット役も良かったし、そもそもまんまるお目めが真ん中に寄った彼女の顔はキャラ顔なんだよね。アニメ顔。コミカルな方が良さが引き立つのかも。それにしても働くこと、子ども育てること、母として、父として、ちゃんと生きること、今は全部大変だなあ。もう選択肢がなくなったので何だって言えるけど。そもそも人類は子孫を残すという生物の本能を失いつつあるのかなあ。社会は子どもを生み育てることをこんなに高コストにしちゃったし。働くこと、お金を稼ぐことは大事だが、ママが子どもを生み育てることよりもしたいことが一杯あるんだから仕方ないのかあ。いつからこうなっちゃったんだろうね。自分がこんなに駄目になっちゃったことだって分かんないのに、人類のことなんかわかるわけないか。今日も皆が幸せでありますように。ただ祈るしかない。