ヘミングウェイ・高村勝治「キリマンジャロの雪」他十二編 旺文社文庫(昭和41年初版)

ヘミングウェイは以前にも読んでいる。今回は古い旺文社文庫で「キリマンジャロの雪」を読んだ。当時130円の旺文社文庫には巻末に年表があり、解説もしっかりあり、まさに至れり尽くせり。「誰がために鐘は鳴る」がヘミングウェイ原作であることも今回初めて知った。こんなに生きてきたのに何も知らないのである。第二次世界大戦のヨーロッパを嫌いアフリカに出かけたというヘミングウェイ。「キリマンジャロの雪」はその時のアフリカ狩猟旅行(サファリ)の経験からの作品らしい。ちょうど同じ頃、日本では、谷崎潤一郎細雪を書いていたらしい。文豪たちは世間の動きに筆で文句を言う。安易に世界の波に乗ってはいけないねえ。特にきな臭くなってきたら、責任の所在が見えない組織は危ない危ない。誰が言ったかわからない命令で、人殺しなどしたくない。この本では、「フランシス-マコーマーの短い幸福な生涯」という短編が面白かった。これも東アフリカのサバンナを背景にしたお話で、不思議な後味が残った。サバンナ、またあの風景に立てるだろうか。生と死が近くに迫りながら、調和が保たれる世界。死はあっけなく訪れる。だからこそ粘り強く生きるか。逆もまた真なり。

平野雅章「食物ことわざ事典」文春文庫(1978年)

古い本だが、勉強になった。食べ物に関する諺をあげて、見開き2ページに文章が並ぶ。食べもの関係だからと、ソフトな読み口を期待していたが、物言いはクールで気難しい先生の話を聞いているかのようだった。甘ちゃんな私の日常には、背筋が伸びるような厳しさもあり、新鮮だった。女の人が台所に立ち、男の人は厨房に入らないのが良いとされていた、昭和の本。今読むと違和感もあるが、それも時代を感じる面白さかと思った。著者は既にお亡くなりになっているが、食に関する権威としてテレビなどにもよく出演されていたらしい。威厳があって物知りだけど、食いしん坊の素敵な人だったのだろうか。食いしん坊では負けないつもりだが、料理はどちらかと言えば苦手だ。母親がそういうタイプだったが、他界するまでは自分は母とは違うタイプだと信じていた。しかし、母がいなくなってみると、自分が同じタイプだったと、はたと気がついた。親子というのはそういうものかもしれない。料理のような文化は、少し前までは、お姑さんからお嫁さんへ、ごく最近までは、母から娘へと伝えられるものだった。そして今はどうなんだろう。時代は変わる。文化も変わる。変化の時代に乗り遅れるのではないかと心配する一方、時代の波に乗らずに、いちずに信じた道を進むのも良いのではないかと思ったりもする。いろいろ考えているうちに人生は夕暮れ。ぼうっと生きていて日没が来た。そういうのが結構幸せなのではないかと思う。

 

フジTV「エルピス」

長澤まさみが抑えた演技で落ち目な女子アナを演じている。エルピスとはギリシャ神話のノアの箱舟に残されていた希望もしくは災厄の意味らしい。よく分からないのが「テセウスの船」みたいでおしゃれ。眞栄田ゴードンは恵まれた家で育ったの甘ちゃんディレクター。三浦透子は訳ありヘアメイク。長澤まさみの元彼が鈴木亮平。キャスティングがいい。脚本は渡辺あや。さすが面白い。冤罪の死刑囚を救うために、もう嘘をつきたくない自分のために、マスコミの予定調和を破壊しにかかるというお話。今やマスコミも政治も保守本流、揃って、弱い国民を食い物にしている。そういえば死刑を未だに存続している国は、先進国では珍しいのではないか?我が国は三流国だからいいのか?お国が益々信頼出来なくなる今日このごろ、早く死刑も止めないと。いつそちら側に連れていかれるかもしれない。世界が変わり、個人の生活も変わりつつある今、本丸のマスコミも内部は崩壊寸前だ。右も左も関係なく、持つものと持たざるものの戦いなのかもしれない。死刑のサインだけをする地味な仕事の法務大臣には、とりあえず死刑囚の遺体の片付けから始めてほしいかも。くだらない世界に自分を乗っ取られないように、私たちは戦わなければならないようだ。

佐藤優 聞き手・斎藤勉「国家の自縛」産経新聞社(2005年)

佐藤優さんの最初の本が面白かったので、これも読んでみた。産経新聞社から出ているので、前回のとは少し味わいが違う。プーチンが最初に大統領なった頃の本なので、今の情勢と合わせてみると興味深い。佐藤優さんは、外交官は国のために命をかけて働くのが仕事という。今の政治を見ていると、そういう思いで働いている外交官や、政治家は今、実際にどのくらいいるのだろうかと思ってしまった。愛国心は悪いことではないと思う。でも、国内で暮らしているとなかなか国を強く思う気持ちは芽生えにくい。外国で暮らしてみると、日本という国が自分の一部であることがよく分かる。歴史や古典の勉強が大切だということも、よその国に行ってはじめて実感した。佐藤優さんが言うように子どもの頃に、歴史や古典の詰め込み教育をするのもひとつの方法かもしれない。子どもの頃ならたくさん覚えられるしね。学ぶ意味はあとで理解していけばいいし。何より私たちみんなが目指している国際人とは自国のことを正しく理解しる人間だし。そう思うと教育にお金をかけてもいいと思う。森友学園やら加計学園で果たして良かったのかは、知らんけど。若いうちからもっと勉強しておけばよかったなあ。年寄りになるとみんなそう思うのである。年をとったなあ。

塚本和也(写真・文)「遥かなりC56  ポニーの詩情と宿命の行路」JTBキャンブックス(平成13年)

頂きモノの本。SLの写真集かと思いきや、高原列車C56の誕生から廃車に至る詳細な記録だった。昭和10年にできたC56は小さい体だが馬力があるので、標高が高い小海線を走った。高原列車のポニーという愛称でも知られ、多くの人に愛された機関車だった。やがて時代は第二次世界大戦へ。コンパクトでパワーのあるC56は海を渡り、タイとミャンマーを走る泰緬鉄道になった。前線に軍事物資を運ぶ鉄道で、鉄道建設は困難を極めたようだ。大きな岩山を切り通し、深い谷を渡る線路作りは今の写真で見てもゾッとするほど。上からの命令は絶対で、命じられた部隊の隊長は、条約破りも承知上で、捕虜を強制労働させたのだろう。戦後、隊長は戦争犯罪人として裁かれた。悲しい歴史を背負ったC56。作者が廃車の機関車を探しにタイまで渡る気持ちも分かる気がする。時代は繰り返すというが、私達はまた戦争の時代に入ったのだろうか。自分たちの行いが結局は自分たち自身を苦しめることになるのに。機関車は今は静岡県大井川鉄道で見られるようだ。円安で当分海外には出られそうにないので近いうちに見にいきたいな。

日本TV「ファーストペンギン」

奈緒主演のドラマ。堤真一吹越満も出ている。初回はあんまり面白くなかったのだが、後半、奈緒がぶちぎれた場面の、そのぶちぎれ具合があんまり良いので、2回目も見た。奈緒は以前から気になっていたし。脇役の伊藤かずえが大きくなっていたり、梅沢富美男が強欲漁協のボスやってたり、農水省のキャリアが松本若菜だったり、なかなか隅っこまで行き渡っている感じが、日テレの期待を感じる。何より脚本は森下佳子だし。これは当たりかと思ってみているが、まだ本物のアタリは来ていない。それにしても、最近のドラマの主人公はシングルマザーが多すぎる。この話はモデルがいるらしく、その方がシングルマザーだったのだろう。実際、シングルマザーは激増しているのだろう。鳥類のように一夫一妻の夫婦関係は哺乳類ではなかなか難しいのか。知らんけど。コロナ禍が始まって以来、誰もがよく分からない世界へ押し出されてしまった。まさに私たちも、混沌の海に飛び込むペンギンかも。ドラマの舞台は山口県。亡き首相の地元、長州藩の土地、獺祭の故郷だ。それがドラマと絡むのかどうか。令和の渡る世間はジジィばかり?そんな世界が変わりゆくのを奈緒で見ていくとする。

東京バレエ団 マカロワ版「ラ・バヤデール」東京文化会館

14日の公演は団体の学生さんが下の階で、一般客は3階から、私は正面からだった。ラ・バヤデールはインドのお話らしく。エキゾチックな衣装でとても素敵だった。ストーリーは愛憎泥沼劇で早い展開で飽きさせないが、やや複雑なので事前に理解しておく方がいい。主役のニキヤは最初は可憐で天真爛漫なのだが、やがて嫉妬、悲しみ、怒りを経て、最後には幻覚の世界で神がった美しさへと変化を重ねる。二十名ほどの一糸乱れね群舞も美しく、見とれているうちに場面が展開していく。ニキヤが愛した、戦士ソロルは最後は薬に溺れ、情けないのだが、だいたいの人間はソロルなのである。目先の欲にかられて、大事なものは見失うし、天罰も下る。しかしそんな教訓めいた話はどうでもいい、ただただニキヤに自分を投影し、目の前の美しい踊りに耽たるのがバレエだ。観客の多くは女性。学生の団体客もほぼ女子だった。女の人は好きだよね。バレエ。つべこべ言わず理解するのが得意なのかもしれない。美しい世界を堪能しなが、バレエの故郷でもあるロシアのこと、ウクライナのことに思いを巡らせる。両国のバレエもきっと素晴らしいに違いない。いつか見たいし。それが早いといいなと思う。