式田和子「続・死ぬまでになすべきこと」主婦の友社(1994)

断捨離中である。亡母の本棚の本を捨てる前に読もうと手に取った1冊。ところどころに線が引いてある。読みながら母を思い出した。自分が歳をとって、あの頃の母の気持ちが分かるようになった。老い始めた心身と、まだ若い部分が交錯する微妙さを母も感じていたのかもしれない。この本が売れていた時代から社会は随分変わってしまった。女は親に従い夫に従い、老いては子に従うと言う教えも、今なら時代錯誤だ差別だ何だかんだと叩かれそうである。そこは飛ばしても、作者が言う「忘れっぽくなった自分を忘れてはいけない」と言う言葉は自分に刺さった。なんでも忘れてしまう最近の自分に毎日がっかり驚いているだが、そのうち忘れたことも忘れてしまうのかもしれないね。それに電球だって交換できなくなるし、網戸の張替えなど全く論外になるのだろうなあとぼんやり考えてしまう。超高齢化社会は、自分が20歳台の頃から予見危惧され、たくさんの施策があったはずだ。しかし結局、あらゆる政策は実を結ばなかったのだろう。誰も責任など取らないけれど。この空白の期間、1番よかったのはずっと平和だったことかもしれない。これだけは今後も揺らぐことがないことを祈るばかり。老人ばかりの停滞した社会が早く終わりますように。世界が真っ暗になる前に、出来れば夕暮れどきに死ねますように。

 

兵庫県立 人と自然の博物館

昔から一度行ってみたいと思っていた博物館だった。自然史系の博物館はニューヨークの自然史博物館に行って以来大好き。今回は三田まで来たので念願かなって訪問。平日の10:00に入場していた人は自分を含めて3人ほど、あとで幼稚園生の団体が来たが、館内ほぼ貸し切りでゆっくり見られた。丹波竜も、たくさんの昆虫標本や動物たちのはく製も立派だった。展示も説明も親切でわかりやすいし、これで大人200円というのはどうなんだろうと思ってしまった。もっと稼いでもいいのではないかしら。そういえば地元の博物館も何年か前にリニューアルしたらしい。子どもの頃行った古い博物館はホルマリンの匂いと暗闇でうごめくオオサンショウウオしか覚えていない。それでも半世紀近く過ぎても覚えているのだから体験とは偉大。スマホの画面では感じ取れない何かがあるのだろう。これからも好奇心のおもむくままに体験を重ねて行きたい。人は生きたいようにしか、生きられないものなのね。実感する。

宝塚歌劇星組公演RRR ルートラーマ 宝塚大劇場

御縁あって宝塚大劇場で観劇。演目はなんとインド映画のあのヒット作RRR。見終わって思うのは、インド映画と宝塚は相性がいい。宝塚の濃いメークもインド人役ならぴったりだし、インド映画定番の大群衆のダンスシーンも、宝塚のレビューで見ると大迫力で美しい。ロマンチックな歌も派手派手しい衣装も、宝塚とインド映画の共通点は多いのだ。一緒に行ったガチの宝塚ファンの友人も予想以上によかったと言っていた。今回初めて行った宝塚の街は、山の中に突如現れた夢の世界だった。劇場を中心とするキレイな街並みとおしゃれなお店、ちらほら歩いている八頭身のキレイなお姉さんたちは、きっとタカラジェンヌなのかと思うとしばし見とれてしまう。宝塚大劇場はファンの為に至れり尽くせりなのにも感動。リーズナブルな値段設定のレストランやら博物館、時間通りサクッと終わるのも素晴らしい。カフェテリアのスペシャルメニューのほうれん草のカレーを食べて、キラキラした世界を満喫して帰宅。おかげでしばらくは、平坦な日常にも耐えられそうな気がする。ありがとう宝塚。ありがとうRRR。

先崎将弘「食の宝庫キルギス」ユーラシア文庫10 群像社(2019)

題名に惹かれて読んだが、ただのグルメ本ではなかった。民族学の観点からキルギスの食文化を紹介している本だった。読み終えて作者のキルギスへの「愛」を感じた。この本によると、キルギスの食べものは、遊牧系の人たちとオアシスで暮らす定住系のたちの食文化の融合らしい。つまり肉と小麦。そこに歴史的に関わりの深いロシアと中国、朝鮮が絡んでいると。キルギスはユーラシア大陸の真ん中にある国なのだ。辺境の島国の日本からは遠い国なので、食文化の融合といわれても全然ピンと来ないままキルギスに行ってきた。料理は正直あまり期待していなかったが、とても美味しかった。羊料理中心の大味な味かと思っていたが、期待はすっかり裏切られた。肉は何でもあるし、特に牛肉は脂身が少ないのに柔らかかった。野菜は多彩で味が濃い。乳製品は濃厚。何より小麦粉が美味しいので、パンもピザもパンケーキもクレープも美味しい。もちろん中央アジアおなじみのプロフも、ベトナムのフォーのような麺を使ったアシュランフーも美味しかった。まさに「食の宝庫」。タイトルに偽りなし。お土産に買ってきた蜂蜜は爽やかな甘さで、つい遠い目になってキルギスの山々を思い出す。作者同様、どうもキルギスを愛してしまったらしい。愛とは落ちる時は実にあっけないね。

春間豪太郎「草原の国キルギスで勇者になった男」新潮社(2020)

キルギスで冒険した青年の本、還暦過ぎの人間には楽しめないかと思いながら読み始めたのだが、面白くてあっと言う間に読み終えた。キルギスで馬を買ってその馬に乗って旅をする話と、2匹の羊たちと歩いて旅をする話である。作者はこの冒険旅のために日本で動物たちの病気や怪我に対応できるよう勉強してから来ている。どこに行ってもまず動物たちを安全に休ませる場所を探す。自分は野宿も厭わず、アニマルファースト。彼は彼の冒険の旅を完遂することにすべてが収束して進んでいる。そこに清々しさと、目的に向かって頑張る姿にワクワクした。キルギスの人たちは変な旅人にも実に心よく宿を与える。中には危ない人もいるのだけど、それはいづこも同じ。なんとなくこの人はいい人だとか、悪い人だとかという勘は大事だね。たまに外れるが、それも含めて旅は人を強くすると思う。旅は成長促進剤でもある。成長するには自分の閾値から出ないといけないと思っている。きついし怖いし、でも居心地のよい世界から出ないと味わえないものに出会うチャンスもある。高齢者にとっては認知症予防にもなるかもしれない。非日常を求めて刺激を入れることは心身共に活性化するから。作者は次はどんな冒険をするのだろう。筑波大学に入ったとか。そういえば、作者の爽やかな書きっぷりもとてもよかった。

 

田中哲二「キルギス大統領顧問日記 シルクロードの親日国で」中公新書(2001)

キルギスに行くために読んだ。金融財務の話は難しそうだと警戒しながら読んだのだが、あら不思議。するすると文章が入っていく。行ったことのない国に作者と一緒に赴任してあれやこれやと関わっていく錯覚が生まれる。あっという間に読み終えた。面白かったけど、ちょっと前の日本を思い出した。この本が出ているころはまだまだ日本の経済が強いころだった。どの国もそうだが、経済の浮き沈みは避けられない。世界中のお金が日本に集まっていた時期から30年、わたしたちはすっかり使い果たした感はある。四半世紀過ぎて、キルギスはどんな国になっているのだろう。日本はただ悪くなったわけではない。ただ良くなったわけでもない。変わるところと変わらないところは常にせめぎ合う。同じところに万物はとどまることはできないね。だからつらいし、だから救われる。自然の大きな力を見せつけられたあとだが、それでも命があるうちは、前に進まねばならない。やがて消えていく命とは知りつつ。

急に具合が悪くなる(2026)

平日の昼間に映画を見る。一般は2000円なのにシニアなので1400円。還暦は素晴らしい。映画は「ドライブ・マイ・カー」の浜口竜介監督。今回も3時間越え。長い。それでも今回も見応えたっぷりで心に響いた。劇中劇があったり、フランス語と日本語が交錯したり、ドライブ・マイ・カーと共通点は多い。女性ふたりの濃密なやり取りに心奪われ、ひと言も台詞を聞き逃したくないと思うほどのめり込んで見た。原作は文化人類学者と哲学者のふたりの往復書簡らしい。そちらも機会があったら読んでみたい。介護、資本主義、戦争、そして可能と不可能。ふたりの女性が奏でる旋律は全く異なるのにどんどん調和していく。友情というのではなく、同志のような関係だろうか。出会ったその日から近くにいる感覚の人。どうでもいいが、劇中劇を演ずる長塚京三はパリ大学卒業だからあんなにフランス語が上手なのだね。彼も80歳を越えていて、それでもまっすぐ立っていて、人の心を揺さぶる演技をしている。素敵である。毎日の暮らしの中で、その日出来る精一杯を心がける。譲るべきところは譲り、あまり構えず自然に生きていきたい。そう思って映画館を出た。