池波正太郎「剣客商売 暗殺者」新潮文庫(平成8年初版)

時代小説は私にとっては和菓子のようなもので、大人になってから好きになった。ここ最近は特に楽しみになった。科学モノの次は池波正太郎剣客商売シリーズの14弾の長編だ。主役の秋山小兵衛が66歳。剣客とはいえ年齢相応の老いものぞくお年頃。今回は暗殺者が息子大治郎を狙っているという話。平成10年ごろのテレビ版では、藤田まことが小兵衛。息子は渡部篤郎だったらしい。私のイメージとはちょっと違う。主人公秋山小兵衛は孫ほど年の離れた嫁をもらって今は悠々自適な隠居生活。定年間際の男性が仕事帰りに電車の中で読むには最適な本かもしれないね。この本が単行本で出たのが昭和60年。今から35年前には悠々自適な定年後の生活も可能だったかもしれない。だが、これからはそれができる人は少数派になりそうだね。時代が変われば価値観も変わる。それでも変わらぬものが時代小説にはあるのだろう。時代劇がテレビから消えてきた今も小説の世界では変わらぬ人気がある。どこにも行けないのなら鎖国の今、日本を堪能するのも悪くない。いや、前向きに楽しもう。和菓子も時代小説も。

福岡伸一「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書(2007年)

ウイルス蔓延の今、これを読むには良いタイミングかなと。読んでみたらびっくりするくらい面白い。分子生物学と聞いただけでアレルギー反応をしていた自分が恥ずかしい。しかしこんなに文章が上手な生物学者なんてそういない。だいたいは眠くなって挫折してしまうのだから。この本は例示が素晴らしい。DNAやら動的平衡やらも今まで少しも頭に入らなかったことが、するするとおさまっていく。飽きない程度に話の矛先を生物以外にふってくれるのもいい。おかげで最後までスピードを落とさずに読めた。話は、作者が若き研究者としてニューヨークに渡ったとことから始まって、野口英雄の残念な話、実はDNAを見つけていた人、砂上の楼閣など、多彩なエピソードを絡めながら、生命の核心へと近づいていく。PCRについても書かれていて、検査を増やせ云々と知ったかぶりで話していた自分がこれまた恥ずかしい。知れば知るぼど、自分の無知を知る。誰とも会わないおうち時間が増えて、本ばかり読んでいる。本嫌いでもこんなに読めるようになるし。生物嫌いがこんなに感動するし。まだまだ世の中はわからない。どこまで私の生命が破壊と秩序を繰り返してくれるかわからない。ただ冬の木立を飛ぶ鳥たちの声が、今までは気にも留めたことがなかったのに、最近はよく聞こえる。命の終わりは小鳥が知らせに来てくれると、昔誰かが言っていた。戯言だろうが、冬の空を遠くに眺めながら、今日も小鳥を探してしまう。

赤瀬川原平「千利休 無言の前衛」岩波新書(1990年初版)

路上観察」や「老人力」の言葉で知ってはいたが、赤瀬川原平さんの本は読んだことがなかった。最初、なぜ千利休なんだろうと思った。今から30年ほど前の映画「千利休」の脚本を彼が書いていたと知り驚いた。草月流の家元勅使川原宏監督のこの映画を公開当時に見てビビッと来た覚えがある。咲き乱れる朝顔をすべて切り落とし、たった1輪だけを茶室に飾ったシーンは今も目に浮かぶ。あの映画の脚本を書いていたのが赤瀬川原平さんだったとは。本書は千利休と前衛が語られている。前衛は時代のひとつ先を切り込む刀のような存在であり、千利休がまさにそうだ。利休は堺の魚問屋の商人でもあった。当時の堺は栄えた港町だった。今は港に放置されている大きな石だけが茶室の存在を語るだけになったとか。当時の堺には大河ドラマでは表現できないムードや熱気があったのだろう。それがすっかり消滅していることも、ある意味、利休によって全部切られた朝顔のような潔さを感じる。利休の沈黙の世界と秀吉の饒舌な世界との交錯。それこそ茶室で繰り広げられる一期一会の戦いだったのだろう。本書は、そんな利休の前衛性を、路上観察トマソン物件や、極小世界ディテールへの日本人のこだわり、ドイツと日本の世界2大貧乏性の話などの、全く違う話を重ねて語っていく。話の矛先が多岐にわたり、一体どこに連れていかれるのかと思っていると、最後にはパシッと利休に帰る。唸ってしまうほど、かっこいいしめ方。赤瀬川さんの本物の前衛ぶりにしびれた。もっとしびれさせてほしいが、もう空の上。みんな先に行ってしまう。悲しいよ。

アンソニー・ホロビッツ「その裁きは死」(創元推理文庫2020年)

年末年始のお楽しみはミステリー。「このミステリーがすごい」などミステリーランキング全制覇1位と帯にある。むむむ。久しぶりのミステリーなので、はずしたくない気持ちが勝って購入。本格的な推理モノで大満足。最後の最後ですべてのピースがしっかりはまって、気持ちが良い。年明け幸先よくミステリーの醍醐味を堪能した。シャーロックホームズとワトソンのコンビのような、ホーソーンとトニー。作家アンソニーホロビッツ自身が作品に作家として登場して話を展開するのも新しい。ロンドンに行ったことがないのが残念たが、ロンドンを知る人なら、通りや場所の名前から雰囲気がわかって楽しめるだろう。世界中が国を開くのはまだ当分先になりそうだが、次回の旅はロンドンも候補に入れておこう。海外旅行などまだまだ手が届かない世界だと悲観しても仕方ない。明るい明日を夢みて。明日はきっといい日になる。高橋優が歌っていたしね。

NHK朝ドラ「おちょやん」

コロナで最近やっと始まった秋の朝ドラ「おちょやん」。こてこての関西弁を使うすごい子役に圧倒されて始まった。その台詞の滑らかなこと滑らかなこと圧巻だった。そんな子役の2週間が終わると今度は、本当の主役の杉咲花が登場。これがまたすごいので感動している。関西弁の巧みさもさることながら、コミカルな演技とじわっとくる情感を巧みに演じ切っている。いやぁお見事。ファニーフェイスってのもいいのかもしれない。「わろてんか」みたいなお話だけどこれなら最後まで行けそう。先週から私の好きな若村麻由美も登場。相変わらず美しくて攻撃的。怒っている顔が特に素敵。杉咲花ちゃんとの競演が楽しみだ。コロナ禍で収録も大変だろうが中断なく見られるといいな。ニュースもバラエティー大本営っぽいから。ドラマくらいは、忘れちゃいけない大切なことをちゃんと語ってほしいな。今は特にそう思う。

吉村昭「三陸海岸大津波」文春文庫(初版2004年)

もともとは昭和45年に中央公論から出された単行本「海の壁」だった。それが文春文庫で出版される際にこの題になったらしい。私の読んだものは2011年5月の第11刷。この時期に多くの人がこの本を読んだようだ。今年はあれから10年。世界中がコロナという災厄に見舞われているなかでの10年目。今までとは違う3月11日が来る。本書は記録文学といわれ、作者が三陸で起きた過去の津波を調べたものが丁寧に綴られている。記録をどんどん破棄してしまう昨今の政権下でいうのもなんだが、記録は大事だ。大人はみんなそう思っている。津波は「よだ」とも呼ばれ、「海がうそぶく」と書く「海嘯」を「つなみ」と読んでいた。津波と私たち日本人の付き合いは長い。天災は忘れた頃にというが、ここ最近は忘れるまもなく、次々と天災が発生している気がする。人間ひとりの小さな力では抗えない大きな災害に備えて、私たちは出来るだけの知恵を集めて、次の防災に努めるしかない。その意味でもこの本は素晴らしい。この本で紹介された昭和8年津波も3月頭の寒い時期だった。10年前のあの日も寒かった。あのときのことを今一度思い出す。「誰一人置き去りにしない。」と、ドイツのメルケル首相が言ったとか。胸にしみいる言葉だ。不安で誰かを批判したり、憎しみで自分を紛らわしたり。世界はどんどん荒れていくけど、希望を忘れずに進まないと、あの日亡くなった人たちに申し訳ない。そうそう、記録も捨てずに、ちゃんと残さないとね。大人はみんなそうしているのだから。

 

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 (2020)

話題の映画。テレビ版で少しだけ勉強していたから、乗り遅れずに無限列車に乗れた。映画は飽きずに最後まで楽しめた。メリハリがきいていて深い部分が上手に心にささる。炭治郎の無意識が晴天のウユニ塩湖で表現されていた。晴れ渡る空のような透明さと素直さが鏡となる。これが鬼滅の刃の大事なテーマかな。まっすぐな魂が傷つきながらも懸命に成長していく。無限列車編では必死の奮闘かなわず煉獄さんは死んてしまう。ネコ科の目をした煉獄さん。最強の炎の人は心も体もびっくりするほど強いのに、人間だから死んでしまう。強い人は弱い人を助けるためにその力を授かった。若い命のために死ぬのは大した問題ではない。格好いいね。それにしても炭治郎の目は大きすぎる。ねづこもだが。大きな目がいいんだろうな。そこはよくわからないが、まあいいっか。鬼がたくさん暮らす世の中を私たちは戦い続けなければならない。強くならなければ。優しくならなければ。絶望している余裕はないね。来年も良い年でありますように。