有吉佐和子「華岡青洲の妻」新潮文庫(初版昭和46年)

何度もテレビドラマや舞台になっている作品だが、原作の本を読むのは初めて。時代は江戸時代後半。場所は和歌山紀州。麻酔薬をつくり外科手術を可能にした麻酔医華岡青洲と、その母と嫁の壮絶な女の戦いの物語。いやあ濃い話。嫁にもなれず、息子も持たない私は、さしずめ小姑の小陸。最後にその小陸に対して「嫁にも行かせず申し訳なかった」と謝罪する兄嫁に対して、小陸は「私は嫁に行かずに幸せでした」という。「兄」という男をめぐって、母と嫁が激しい戦いを繰り広げているのを目の当たりにして、嫁に行かずに本当によかったと言うのだ。兄嫁はそれに対して「いいえ、義母様は私を娘のように優しくして下さいました」といい、小陸はそんな兄嫁に、「それはお姉さんが、勝ったから言えることです」と言い放つ。こういう女の静かな戦いをさらーっと読ませる。さすか有吉佐和子、本当に面白い。勝ったからこそ謙遜する余裕。女はしたたかだからいい。今も嫁姑の世界は変わらず存在するのかもしれない。だが、人と人が触れあい、すれあう世界はいくぶん希薄になったように思う。摩擦で熱も生まれるが、角も取れていい案配になることもある。今は尖った心は傷つけられることもない代わりに、ずっと尖ったまま孤独に生きて行かなければならないのかもしれない。青州の妻、加恵は、母にいびられ、盲目になったが、我が身を犠牲にして夫を支えた妻として心豊かに晩年は過ごしたのだろう。戦いなくして勝利なし。やっぱり嫁に行かなくてよかったかも。私はやはり小陸の器だ。