予科練平和記念館 茨城県阿見町

霞ヶ浦近くの、白と灰色の四角いモチーフの背の低いオシャレな建物だった。中からでもいつも空が見える。戦前ここに海軍航空隊があったため、予科練と呼ばれる、戦闘機に乗る若者たちの航空学校予備校があったのだ。建物に入ると正面に大きな写真がかかっている。中高生の男の子たちが上半身裸で綱引きをしている。撮影者は土門拳。あばら骨が浮いた細い体が躍動している。予科練の制服は七つの金ボタン。七つの海を飛ぶようにという願いらしい。展示も七つの部屋から成る。予科練を目指し、予科練で仲間と暮らし、学び、空を飛び、やがて戦局が悪化すると特攻に行った。多くの前途有望な青年たちが空に消えていった。重苦しくなりがちな展示だがそれに終始することなく、15歳の少年たちの日々の暮らしや憩い、夢、志、時代の空気を丁寧に見せていて、好感が持てた。昭和は戦争の時代と言われる。平成は戦火を交えることはなかったが、世界が平和になったわけではない。戦争の悲惨さをどのように伝えても、人は戦うことをやめないのかもしれない。安易に戦争だと口にする政治家がいたり、今も戦闘機の購入に大枚をはたいている私たちの国。「美しく死んでいく」というのは幻想。ただ人殺しなどせずに生きていきたい。ただそれだけ。