水上勉「良寛」中央公論社(昭和59年)

良寛というと、子どもと遊んでいるお坊さんのイメージがあった。禅宗曹洞宗の僧侶だった。良寛さんの字は人気がある。細い線だが、芯のしっかりした字。空白がゆったりとして優しげな印象がある。そのせいで良寛さんは心の優しいお坊さんだと漠然と思っていた。しかし当然だが、それだけではなかった。この本は良寛について書かれた文章を集め、そこから水上勉良寛の生涯を探ろうとしている。水上勉の本も初めて読む。名前の字面がどことなく湿っぽくて遠ざけていた。この本は、引用文が多く、研究論文のようで私には難しかった。良寛自体の歴史的資料の少なさを補うためか、資料が原文でたくさん出てきて辛かったが、当時の背景はよくわかった。江戸時代も低迷衰退期に入った時代に良寛は生きた。名主の跡継ぎたったが、自ら捨てて、放浪し乞食僧となって生きた。文芸に心酔し、生きる姿それ自体が禅の世界だった。良寛の家族は彼自身を含めて世渡りがうまくいかなかった。ただ文芸の血だけが父、良寛、弟由之に脈々と流れていたらしく、多くの歌を残していた。読み終われば良寛は天真爛漫ではなく、一切の世俗から離れて暮らす頑固さと、ひたすら芸術に没頭した人になっていた。絶対的弱者に自らを置くことで、世の中の濁った水から離れようとしたかのように。そしてあの字になったのだ。俗にまみれた字は覚悟がつかない証拠。間違いに気づきながらも止められず、今日もぼんやりとオリンピックを見ている。