丸谷才一「夜中の乾杯」文春文庫(1990年)

「まるやさいいち」の名前を知ったのは18歳のときだった。友達になった人が読書家で、好きな作家はと尋ねたら「まるやさいいち」だと言われたのが始まりだった。彼女の部屋は本が一杯並んでいた。ちょっと難しそうな本ばかりだったから、丸谷さんの本も私には無理だろうとしばらく読んでいなかった。何年かたって「女ざかり」を読んだ。面白さもそうだが、文章が滑らかでびっくりした。ひっかるような難解な言い回しが一切ない。でも内容は深くて濃くて面白い。本物とはそういうものかもしれない。このエッセイも楽しい。実家の古い書棚から持ってきたのだが、この本が出版された当時のことを思い出した。知的であることをあの頃は願っていたはずなのに、気がつけば知的にならぬまま下り坂。しかしそれでも生きている。美味しいお酒を飲みながら、丸谷才一のエッセイを読んで過ごす時間は至福。生きる喜びである。丸谷さんは2012年に亡くなっている。うかうかしていられない、人生はあっというまだ。

スリービルボード Three Billboards Outside Ebbing, Missouri (2017)

 

とにかく話が面白い。先が読めない展開であれよあれよと引き込まれていく。気がついたら映画が終わっていた。うーん。唸ってしまう映画だ。アメリカ南部の田舎町。娘をレイプされて殺された母親ミルドレッドが、犯人が捕まらない状態に腹を立てて警察相手に暴れる話である。ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドが凄い。強い。でも共感させる。ダメダメ白人警官ディクソン役のサム・ロックウェルがこれまた凄い。やばい。両者の演技が素晴らしい。何にもない田舎町の閉塞感。元旦那が自分の娘とほぼ同い年の19歳の娘とつきあって家を出ちゃってたり。ミルドレッドの暴れっぷりも、こりゃ仕方ないと思ってしまう。だか一方で、やり過ぎだよとも思ってしまう。泥沼のような田舎町にも敵ばかりがいるわけでもない。後半の思いもかけぬ展開に息を飲む。見終わって漠然と「赦す」という言葉が浮かんだ。ミルドレッドは果たして赦したのかどうかは分からない。ただ簡単にはゆるせないことを「ゆるした」とき、「ゆるしてもらった」とき、何かが始まる。後味爽快とは言いがたいが、見たら誰かと語りたくなる映画かも。

NHK大河ドラマ「西郷どん」第12話「運の強き姫君」

林真理子中園ミホは「下流の宴」のコンビ。「下流の宴」は意地悪で面白かったから、今回の大河もちょっと楽しみ。さてギョロ目の西郷さんを細目の鈴木亮平はどうなんだろうと思っていたが、ここまで鈴木亮平は魅力的で、人たらしな西郷さんを素敵に演じている。橋本愛演じる西郷さんの最初の嫁「須賀」も切なかった。橋本愛はいいなあ。今回の「篤姫」を演じる北川景子もよかった。「家を売る女」の北川景子も良かったが、「篤姫」は完璧だと思う。美貌と透明感と気品。薩摩のお姫様が御台所になるという大事な役どころ。今一番ぴったりなのは彼女しかいないと思う。「西郷どん」は10年前の大河「篤姫」とキャストが結構かぶっている(松坂慶子瑛太)。見ている途中に、あのときは誰だっけ?と思い起こしてしまう。前の「篤姫宮崎あおいも良かったが、北川景子の方が好きかもと思ってしまう。一方、松坂慶子が演じた幾島、今回は斎藤由貴が降板して、南野陽子が演じている。「にっぽんの芸能」で華やかに和服を着こなしていた南野陽子。コミカルに幾島を好演。スケバン刑事つながりで幾島役は斉藤由貴から南野陽子へ。終わってみれば、南野陽子の幾島はなかなかいい。斉藤由貴じゃなくて良かったのかも。不倫でも降板しなかった渡辺謙の斉彬様は迫力満点。ひとりハリウッド。存在感が凄すぎる。斉彬のカリスマとはこんな感じだったんだろうかと思ってしまう。やっぱり大河は男主人公の方が面白いね。

三木清「人生論ノート」新潮文庫

人生も後半戦。下り坂に入り、三木清の「人生論ノート」を読んだ。昭和16(1941)年の本である。哲学者三木清が人生のいろいろなテーマについて語っている。難解さは少しあるが、短いので読めた。執筆時は治安維持法の時代。苦心して言葉を選んでいると後から知った。死について、幸福について、懐疑、孤独、噂、虚栄、旅、娯楽などなど。時代を越えて語りかける言葉に震えた。「幸福を武器としてもって闘う者のみが倒れてもなお幸福である」「鳥の歌うが如くおのづから外に現れて幸福は他の人を幸福にするものが真の幸福である」と。しびれる言葉が続出。本の最後に青年期(1920年)に書いた「個性について」の小論が掲載されている。「幼稚な小論」と本人は言っているが、まっすぐ天に伸びる若木のように、瑞々しく力強い。それから四半世紀。戦後まもなく刑務所で三木は亡くなる。享年48。病死だった。もっと生きるべき人だった。薄っぺらい本だ。だがその中に本物の知性の迫力があった。すぐ忘れちゃうから何度でも読まないと。大切なことは見失いたくない。闇を照らす一冊。

テレビ東京「バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら」

テレビのドラマが好きだ。無音の日常に灯りがともるのだ。ドラマの世界がひろがって、いつのまにか登場人物がすぐそばにいて一緒に笑ったり泣いたりしている気になる。錯覚したいのだ。忘れたいのだ。あれやこれや。大好きなバイプレーヤーズに出演中だった大杉漣さんが突然亡くなってしまった。このドラマは5人のオジサンたちが、クドカンの「監獄のお姫様」の男性バージョンみたいに、わちゃわちゃするドラマだ。5人が実名の5人を演じるという試みも面白かったし、「テレ東だから」と、テレ東しか言えないコメントを連発するあたりも良かった。最終回はどうなるのだろうと思っていたが、大杉漣さんへの愛が一杯の番組になっていて、胸がつまった。最後まで明るくて楽しくて笑いが一杯。そこに竹原ピストルでしょ。駄目だ。泣けてきた。ずっとずっと見ていたかった。終わらないで欲しいと思っちゃった。でも終わりはちゃんとやってくる。好きなものほどすぐ遠くにいっちゃうね。ラストシーンの大杉漣さん。サングラスとスーツ姿で「じゃあ、行きますかね」って。かっこよかった~。ふぉーえばーやあーんぐ。やすらかにお眠りください。

グレイテスト・ショーマン The Greatest Showman (2017)

本当は「空海」のつもりだった。急に気が変わったので、席が大型スクリーンの前から2列目の端っこになった。仕方ない。世界は歪んでいる。お話はアメリカの有名な興行師PTバーナルの実話らしい。貧乏な男が裕福なお家の女の子と結婚して、サーカスを始めて成功するっていうストーリー。単純でひねりも深みもない。いや必要ない。音楽とダンス、映像が凄い。ぐいぐい迫ってきて、ねじ伏せられたって感じ。気がつくと足元はステップを踏み、体は揺れていた。贅沢なグリーGlee。正体不明の熱にうなされたみたいだが、なんか気持ちいい。おかげで今ではスマホでサントラを聴き、満員電車でもステップを踏んでしまう。持ってもいない夢まで叶いそうな気分。よく知らない男の子だけど、何だか凄い勢いで笑わされて大騒ぎして、「大好き大好き」「かわいいかわいい」と連発されているうちに、何だか好きになっちゃうような。そんな映画だった。真夏の夜の夢?考えずに前に進んでいく。そういう時もある。そういう時も必要。激しく流され奪われる幸せ〜。

日テレ「もみ消して冬 わが家の問題なかったことに」

これは文句なく楽しいドラマ。主演の山田涼介はエリート警察官。姉の波瑠は敏腕弁護士。兄の小澤征悦は天才外科医。父親の2代目中村梅雀は有名私立中学の学園長。毎度起こる不祥事を、末っ子山田涼介を中心にむりやりもみ消すという話。小澤征悦も波瑠も顔が濃ゆいので裕福で高慢がよく似合う。波瑠はドSで、小澤征悦はギラギラ、すっとぼけた中村梅雀大河ドラマ「直虎」のナレーションも好きだった。毎回大河のナレーションやって欲しいくらい。つまらない土曜日の夜にビール飲みながら見て、さてと、お風呂入るかっていう番組。何気ない日常を大切にしてますって、こういうんだよ。きっと。