フジTV「アンメット ある脳外科医の日記」

杉咲花ちゃんが記憶障害の脳外科医のお話。昨日のことが記憶出来ない主人公が毎朝日記を読んで職場に向かう。初回から無茶な設定でまごついたが、杉咲花ちゃんがあまりにもいいので案外たやすく没入できた。彼女の婚約者であったらしい三瓶先生に若葉竜也。「おちょやん」では杉咲花ちゃんの初恋の助監督だったね。今回の役は天才的な脳外科医で変わり者、婚約者の記憶を取り戻す為に奔走するカッコいい孤高の医者だ。彼がとにかくいい。ナイフのように尖っているのに真綿のように柔らかい。脇役陣は最近悪人づいている井浦新岡山天音、ふっくらした千葉雄大、前髪あげたら誰か分からなかった吉瀬美智子、性格悪い役の生田絵梨花。豪華な顔ぶれ。ヒューマンドラマかと思ったら陰謀やらミステリー要素もあり、よくわからない展開がまた面白い。しかし何といっても杉咲花ちゃん。毎回唸るほど、佇まいが自然。頬のそばかすまで光っている。浸透圧ゼロで染み込んでくる杉咲花にメロメロ。疲れた心に実にしみいるのである

東京バレエ団「白鳥の湖」東京文化会館

恒例のバレエ鑑賞。今回は有名な「白鳥の湖」。誰もが名前だけは知っているこの演目だが、どんな話かは私も知らなかった。主役のオデットは悪魔の呪いで白鳥にされる。愛するジークフリード王子は悪魔の手先の黑鳥にうつつを抜かす。しかし、最後には愛の力で王子を取り戻すというお話。今回初めてナマで見た「白鳥の湖」はバレエの傑作だなあと思った 。お話はシンプルでわかりやすいし。バレエダンサーを白鳥に見立てるという発想がバレエにピッタリだと思った。細身で跳ね回るバレエダンサー達は白鳥のように繊細かつ優美でしなやか。その肉体の躍動を見るのもバレエの醍醐味だとすれば、白鳥の湖はそれを無理なく見せてくれる。白い髪飾りに、白い衣装、可憐で美しいオデットと、黒い衣装に濃いメイクで妖艶なオディール。主役が二役を演じるのも面白い。そもそもひとりの女性にはオデットとオディールが共存している。ジークフリード王子も結婚したら、一体自分はどちらと結婚したのかわからなくなるはずだ。そのあたりも、この演目の人気の秘密かもしれない。美しいバレエの世界で沈酔した春の1日、春は若々しい生命が輝く季節、失った光はひとしお眩しいものだ。

 

伊集院静「三年坂」講談社文庫(1992)

知り合いが伊集院静が好きだったと聞いて読むことにした。物置にあったこの本はたぶん昔読んだはずだが、やはり何も覚えていない。短編集でどれもちょっとじめっとした読み心地と、少年の持つ突き抜けた明るさが共存した話だった。決して悲嘆しないしぶとさとでも言うのか、どれも読後感は心地よい。モテる男たるゆえんはこのあたりにあるのかと、伊集院静のモテ伝説を勝手に検証してしまった。そういえば、伊集院静が好きなその人にも、老獪さと天真爛漫さが一緒になったようなところがある。長い付き合いだが、読み終えて初めてそう思った。若い頃に感じた他人の印象はこの年になってみると、随分一面的だったなあと感じる。多面的に相手を知ることは難しいし、自分自身の多面性にも驚くことも多い。わかった気になっているが、何も分かっていないのかもしれない。知れば知るほど、果てしない気分になるのは、知識の世界も人間の世界も同じか。最近は何でも忘れることが得意になった。ウジウジ悩むこともできなくなつた。初心に戻る努力も不要だし、まあそれも仕方ない。さあ、今日も初めての一日になる。

馳星周「少年と犬」文藝春秋(2020)

「犬」繋がりで読む。馳星周は「不夜城」などハード系小説を何冊か読んだ。そんな彼が直木賞をとった作品がこれ。短編が連なりひとつの話になっている。昔やんちゃしていたクラスメートがすっかり好々爺になっているような作品だった。出て来る人物が訳ありで、そこにシェパードと和犬の雑種犬が現れて、暗くて寂しい心の闇を照らすお話。普段は自分が居る場所周辺の事しかしか考えてないが、この社会にはいろんな人が様々な暮らしをしている。私たちはいつ落ちてもおかしくない日常にいる。でもその危うさには気がつかないでいて他人事だ。雑種犬の多聞はその危うさが分かっているみたいだ。名前の通り、よく話を聞いている。多聞天毘沙門天の別名たが、誰にも語れない心を包み込む救世主の話でもある。最後は少し出来過ぎの感じもしたが、この本全体を貫く悲しみを照らす光明があってよかった。残酷なこともたくさん起こる時である。救いのないことも多いが、光明を信じて進むしかない。イヌを飼いたい。でも、私には飼う自信がない。飼えるようになるだろうか。

湯を沸かすほどの熱い愛(2016)

宮沢りえ主演の映画。ダメダメの夫がオダギリジョー、学校でイジメにあっている娘が杉咲花。夫が蒸発して銭湯を休業している中年ママが宮沢りえ。強く逞しく美しい母はイジメられている娘を根気よく励ます。ある日母親に病気が見つかる。それを境に、夫が知らない連れ子と一緒に帰還。銭湯再開、新しい家族の暮らしが始まる。母親を中心に、最後は母親不在の新しい家族を作っていく話。あまりにもかっこいい母親なので、リアリティに欠けると思う一方、宮沢りえの為の映画だと思えば、それも悪くないと思える。美しい宮沢りえを「お母ちゃん」と呼ぶのも違和感があったが、後半ヤツレていく宮沢りえを泥くさく「母ちゃん」と呼ぶのが、かえっていいと思った。家族とは求心力のある誰かがいればそれでいいのかもしれない。たとえ血は繋がっていなくてもね。何かの危機にあると、私たちは互いに絆を深めるのだなあと感じいった。関わりの少ない社会も、冷たい人間関係も、淡々と孤独に生きる暮らしも裏を返せば衣食足りているということなのかもしれない。まあそんなに単純にいかないから困るのだけど。

伊吹有喜「犬がいた季節」双葉社(2020年)

学生時代の友人に教えてもらった本。時代設定が平成の初め頃、自分のことも思い出しながら懐かしく読んだ。ある高校に迷い込んだ犬を学校で飼うことになり、その犬を交えた話が時代の変遷と共に描かれている。ほどよい緩さと切なさで語られていて心地よい。スピッツの「スカーレット」も出てきて、久しぶりに聞いてしまった。若い頃は、高校時代の恋人と結婚する友人を見て、まだ人生は始まったばかりなのに、一生を共にする人を早々に決めていいのだろうかと思っていた。今は、高校時代の恋人が正解なのかもしれないと思うようになった。樹木希林さんが「分別がつかない頃にしか結婚はてきない」と言ったらしいが、確かに結婚には勢いが必要だし、若い頃に根拠なく好きだったものは年を重ねても変わらず好きでいられることが多い。振り返ると後悔ばかりの人生だが、後悔することがたくさんあってよかったと今は思う。なんでも過ぎ去っていくとキレイになってゆく。ノスタルジックになるのも年をとった証拠。まあそれも悪くない。

イングリッシュ ペイシェント The English Patient(1996米)

「英国人の患者」という邦題でも良かったかもと思った。ラストになってタイトルの意味するところが分かり、そもそも邦題ならもっと印象的だったのではと思ったからだ。映画は第二次世界大戦下のヨーロッパ。重症を負った英国人の患者を献身的に看護する看護士との関わりを通して、英国人の患者の過去のお話が語られる。看護士ジュリエットビノシュが魅力的で、彼女のインド系恋人キップが私はなかなか好きだった。お話が二重構造になっていて面白いが、2時間半もあるので少しダレる。私がヨーロッパの歴史に詳しい、もしくはヨーロッパ系の人間ならもっと楽しめただろう。細やかな部分は、極東のアジア人には難しかった。出て来る人の顔やら名前やら、発音やら聞けば、ヨーロッパの人ならその人の国籍やら属性がなんとなく分かるだろう。そのあたりが味わえなかったのは残念だった。とはいえ、砂漠を3日3晩歩き回って恋人を助けようとする男の情熱やら感じ入るところはあったし、大作らしい雄大さもあった。ほぼ満足なのであるが、欲張ってしまう。足るを知らない。まだまだ修行が足りないね。