日本テレビ「俺の話は長い」

小池栄子生田斗真のやり取りがいい。気持ちがいい。ホームドラマだね。食事のシーンが多い。面倒くさい弟としっかり者の姉の会話に、母親の原田美枝子と、姉の夫の安田顕と、娘の清原果邪が加わって、絶妙な時間が流れていく。懐かしいけど、古くない。二部構成で前半後半で話題が変わるのも新鮮だ。脚本は金子茂樹さん。「もみ消して冬」も好きだったな。今季一番楽しみにしているドラマ。働かない息子も、再婚家族も、今はそのあたりにごろごろ転がっている。無理やりどこかに帰着するような大げさな筋立てもない。でもセリフが少しずつ心にひっかかる。「昭和生まれはハロウィーンが嫌い」もそうだし。喫茶ポラリスって名前もそうだ。昭和、平成、令和と時代は流れ、ハロウィーンも定着したらしいし、家族の形も、生き方も、考え方も変化した。以前のやり方はダメなのか。家族という一番小さな社会も例外なく変化の波にさらされる。そもそも家族という社会はほぼ全員にあり、生まれて最初の社会である。面倒くさいが、なければ困る。ややこしいが、失うと穴があく。たまたま家族なんだが、奇跡的な出会いでもある。家族ほしいな。

藤沢周平「三屋清左衛門残日録」文春文庫(1992年初版)

主人公の三屋清左衛門は隠居して間もない男。年齢は50台後半といったところ。江戸時代のある藩の話だ。そうか、私もそろそろ隠居の歳かあ、と関係のない感慨に浸りながら読み始めた。藤沢周平の小説は上等な晩御飯のよう。新鮮な食材を丁寧に下ごしらえして、出汁をきかせて味つけをしたような美味しさ。それでいて構えたところは全くない。しびれる。息子に家督を譲って隠居の身となった清左衛門。藩主の用人にまで上り詰め、出世しての隠居。妻女には先立たれたが、息子夫婦にも大事にされて暮らしている。周囲から見たらうらやましい限り。何の不満もない余生である。だが、そう簡単ではない。毎日ただ幸せを噛みしめていけるなら、老後は大した苦労はない。老年の始まりは肉体の衰えからだ。特に最初は老いに慣れていない。気持ちが後ろむきに、気分も沈みがち。喪失感だけが増していく日常の中で、それでも気持ちよく暮らしていくには工夫や努力が必要なのだろう。夕日は思いのほか早く沈む。残日録か、もうそんなに長くはないのだね。

昭和史が面白い 半藤一利編 文春文庫(2000年)

令和元年に昭和史の対談集を読む。歴史が苦手だ。よく知らない。特に昭和史はドラマで見たものを信じているところがある。恥ずかしい。なるべく今からでも勉強しよう。そう思って、半藤一利さんのならきっと面白いと読みだした。東京裁判の話や昭和天皇の話など私に限らず知らない人が一杯なのではと思う。歴史の重要性も生物の多様性もよく分からないまま私は大人になってしまった。気がつけばもういつ死んでもいい年齢にまでなっていた。世の中がダメ、政治家もダメ、若者も、高齢者も、みんなダメ。でも一番ダメなのは、自分だ。頑張ったと誉めてくれる人ももういないが、少しでも勉強して、少しでも良い人になって、死んでいきたい。ちゃんと死ぬために、ちゃんと頑張らねば。

嶋田忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界 東京都写真美術館

嶋田忠さんの写真は北海道、特にヤマセミが好きだ。ご本人のおっしゃるように、雪と氷のモノトーンの世界にヤマセミは似合う。尖った頭と真っ黒な目。小首を傾げた姿はカワイイ。そのくせ川にダイブしてしっかり獲物を捕える。厳冬に生きるハンター。極楽鳥の写真もキレイだったが、求愛のダンスを動画て見たくなる。鳥たちも美しいが、着飾ったニューギニアの人々も美しい。森の民は今も森と共に生きているのかなぁ。しかし展示の仕方が単調だった。スクリーンに写すなら壁面の写真とは違う趣向にすればいいのに。音とか、インタビューとか何か入れたり。工夫すればいいのに。帰りに、ガーデンプレイスをぶらぶら。初秋の朝イチは気持ちがいい。富裕層の家族らしい人がマルシェの野菜を物色したり、オーガニックなパンや焼き菓子を買っていく。こういう暮らしに憧れることももうしなくなっちゃった。人生も夕暮れ。暮れるのは早い。

火口のふたり(2019)

最初の10分を見逃した。ラーメンをふたりして食べるシーンからだった。いとこのケンちゃんが柄本佑。なおちゃんが瀧内公美。「凪のお暇」で凪ちゃんのイジワルな同僚をやっている彼女だ。体当たりの演技もだが、キレイだし、とても素敵だった。結婚を控えたなおちゃんは元彼のケンちゃんとセックスする。からだの言い分を聞いて、結婚相手の自衛隊さんが戻るまでの5日関を、ケンちゃんと過ごす。ケンちゃんが大好きななおちゃんは、ケンちゃんといると感じて仕方ない。ケンちゃんは離婚して今はプー太郎。離婚して家族を失って心を病んで、秋田のイトコの結婚式に出るため秋田に帰ってくるのだ。濃厚な5日間を終えると、ふたりは別れるはずだった。でも「火口のふたり」になってしまう。イトコだから血縁があるから離れられない。だから近い者は交わってはいけないのかも。一旦、からだの声が目覚めたらなかなか鎮めるのは難しい。目覚める相手と出会ってしまった運命を呪うのか。いやいや、そもそもそういう相手に出会わず生きている人の方が多いのだから、出会えた奇跡に感謝なのだろう。たとえそこに未来がなくても。

高畑勲展 国立近代美術館

昨年なくなった高畑勲の展示。会場には若者が一杯。アニメーションは人気だ。朝ドラの影響もあるかも。高畑勲広瀬すずの旦那さん一久さんに見えてくる。だが、実際の高畑勲は厳しい人だったらしい。宮崎駿もそうだが、一緒に仕事をしたら心を病みそう。井上ひさしのDV話もそうだが。素晴らしい作品の舞台裏はまた別物だ。会場には高畑勲の作ったメモが大量に展示されていた。その緻密さは驚く。斜めに傾いた丸い字がひたすら並ぶ。すべてのスタッフに知識の共有を図り、システムを構築していったらしい。とてつもない情熱。でなきや手書き風のかぐやひめは生まれないか。ハイジは天才宮崎駿がレイアウトをした最初の作品。あのハイジは種類の異なる二人の天才が作った奇跡なわけだ。だから家庭教師のトライがCMには使ってはいけないのだよ。火垂るの墓など有名な名作を残して巨匠は逝ってしまった。会場にいた若者たちの誰かがそのあとを引き継いでいくのだろう。しかし簡単には越えられない山だね。これは。

ロケットマンRoketman(2019)

エルトンジョンの伝記的な作品。ここ最近音楽映画が続く。映画館は封切り2週目にしては入ってない。エルトンジョンは若者にも中年層にもどちらにも引っかからないのかしら。エルトンジョン演じるタロンエジャトンが素晴らしい。吹替なしで全編歌っているとか。天才singerでゲイで派手好きなエルトンジョンは愛されない子どもだった。やがて音楽に傾倒し、名声を得て、そして薬とアルコールに溺れていく。お決まりのミュージシャンの運命だが、彼は今も生きている。ボヘミアンラプソディーのフレディとは違う。エルトンジョンの音楽がポップでナイーブ、だけどポジティブなように、この映画も明るくて悲しくて、でも元気になる映画だった。天才エピソードも良かった。愛のない結婚をしていた母親が息子のカミングアウトに、前から知っていたと答え、孤独な道を選んだわねと言うところが心に残った。選んだのか、選ばざるえなかったのか。人生はそういうものかもしれない。久しぶりにエルトンジョンを聞いてビール飲みたいな。