2月文楽公演「新版歌祭文/傾城反魂香」国立劇場小劇場

このトシになって初めて人形浄瑠璃を見た。お昼の第二部を鑑賞。予想以上に驚きがあった。まず人形が意外に大きい。頭は小さくて10頭身。三人の男性が操作する。主な使い手だけが顔出しだが、あとは黒子である。見慣れてくると顔出しの人さえ気にならなくなる。不思議だなぁ。次に語る義太夫と三味線が舞台右手の回転扉から登場すること。途中で入れ替わるのだが、回転扉のスピードがわりと早い。忍者的。義太夫の渋い声と、生の三味線の響き。重なり合うとドキッとするほど色っぽい。そこに人形の巧みな動きが絡まる。無機質な表情の人形に血が通う。舞台の左右袖に字幕が出るので助かる。世話物の切ない話も、生身の人間でなく人形だからそ響くのかもしれない。無機質な表情に観る人それぞれの思いが重なる。前に人形浄瑠璃の予算削減をしようとした大阪の橋下知事の顔が浮かんだ。もったいない。自分が古くなったせいか、古典的なモノに愛着を持つようになった。もういつ死んでもおかしくない。限られた時間に、人形浄瑠璃はもう一度見られるかなあ。いつも明日が来るとは限らない。さよならの準備は、よりよく生きるための秘訣かも。早くコロナがおさまりますように。

パラサイト(韓国2019)

アカデミー作品賞の話題作。周囲はいまいちだと言う人が多かったが、私は面白かった。「万引き家族」より好きかも。映画は韓国の格差社会をコミカルに描いている。後半は流血でホラー。展開の雑然さが韓国っぽい。はっきり語らず余韻を持たせるのが好きな人には逆にこの辺りがマイナスらしい。ポンジュノ監督は「殺人の追憶」を見た。アジアンノアールで、こっちの方が日本人受けはいいかも。ポンジュノ監督は今、韓国の公安には左派の危険分子としてマークされているとか。日本でもそんな監督がいるのかなあ。主演のソンガンホは私が見る韓国映画にことごとく出ている。いつも揺るぎない存在感というか、色んな顔を見せてくれる。今回もお気楽なオヤジから激情の人まで。日本で言えば誰だろうね、今は亡き大杉漣さん?かなあ。映画後半、大雨で家族が坂の上の邸宅から半地下の我が家に逃げ帰るシーンが心に残った。大量の雨が低い方に流れ、どんどん濁流になる。汚水が流れ込む家から逃げ出して体育館で一夜を明かす。翌日、坂の上の邸宅ではガーデンパーティー。単なる対比の面白さだけてはない、何かがひたひたと迫ってくる。十分すぎるほど熟した何かがね。衣食足りて礼節ん知る。お金はシワを伸ばすアイロンみたいなもので、豊かさは心をキレイにする。もっともだ。それにしても、我が国は「翔んで埼玉」だ。「翔んで埼玉」が悪いのではない。面白かった。ただ、これが昨年を代表する日本映画だと思うとガックリなのだ。いつから私達はこんなにドメスティックになったんだろうね。

ロード・オブ・カオスLords of Chaos(2018イギリス・スウェーデン・ノルウェー)

東京ノーザンライツフェスティバルの映画。この催しも10年目。すっかりメジャーになったせいかチケットの売れ行きは好調みたい。映画はノルウェーのメタルバンド、MANHEM のお話。メタル系の音楽に疎いので実際の話とどれくらい離れているのかは全然分からない。悪魔崇拝系と言われてもキリスト教の人でもないのでピンと来ないし。ただ堅実で真面目な国ノルウェーといえども、荒ぶる魂は存在するのだなあと思った。青い目で金髪の彼らは悪魔的にするために髪を黒く染める。黒髪の日本人は金髪に染めて、荒ぶる魂を表現する。面白いものだ。さて、映画はR18。血が激しく飛び散るし、ナイフで自らの体を切り裂くし、あげくのはてには、ナイフで背中を何十回も突き刺すし。過激な映像が結構あって、目を覆ってしまった。とても見ていられない映像を久しぶりに見た。ボーカリストの彼、Dead と森の中をさまようシーンが美しかった。若者の危うさとは、小さなボタンのかけ違えのようなもの。はじまりは些細でも、やがて本人たちでさえ手に負えない狂気になる。その過程が流れるように描かれている。飽きなかった。悲惨なのたけど、終わった時はスカッとしてた。不思議な作品。メタルも悪魔崇拝も特別なことじゃない。誤差の範囲。それぞれの生きていくための必要な道具。生きて生きて皆死んでいく。誰が死んでも世界は続くし。

NHK「心の傷が癒やすということ」

全四話のドラマで昨日終わった。柄本佑在日韓国人精神科医師、安先生を演じる。阪神大震災から25年。話は当時震災で心に深い傷を負った人々をなんとかしたいと必死で取り組んだ医師のドラマだった。最終回で癌におかされた安先生が言う。「心の傷を治すには、ひとりぼっちにさせないこと」と。なるほどなぁと思った。災害だけではないが、大切なひとを失う悲しみは想像以上に深い。隙があれば、自分を責めたり、自らをかえりみなくなったり、マイナス方向に進みやすい。そんなときに救ってくれるのは、そばで心配してくれる他人の存在。正しい。それにしても、柄本佑が見事に安先生になので、涙が出た。奥さん役の尾野真千子が病室で泣くシーン。背中を優しく叩きながら、「ここで泣いたらええ、家では泣けへんから」と言う。自分が尾野真千子になって一緒に泣いてしまった。生きている限り悲しみは尽きない。だから寄り添って生きていかねばならない、人は本当に簡単に壊れる。簡単なことをすぐ忘れてしまうが、人はひとりでは生きていけないのだ。

NHK「麒麟がくる」

沢尻エリカ様のおかげで始まる前から話題の大河。前作「いだてん」の低迷もあって、NHKの主な視聴者である高齢者の皆さんが待ってましたと見ているのか、視聴率はいいみたいね。主役の長谷川博己もだが、好きな役者さんがたくさん出ていてる。モックンもそうだし、染谷君の信長も楽しみだ。エリカ様の代役川口春奈もいい。エリカ様の帰蝶も見たかったが、もう終わった話だね。明智光秀が主人公というのも珍しいし、何度見ても面白い戦国時代、期待は募った。だが、それなのに、それなのに。なぜか肩透かし感がある。なんだか気持ちが悪いのだ。どうもカメラのせいだ。ここは俳優さんの演技が見たい!というところでなせかカメラはひいている。顔が見えない。中途半端な画格の絵が続く。4K放送、8K放送のため?小さな画面で見るものにはストレスだ。その上、海老蔵のナレーション。顔出しなら文句ないが、滑舌の悪い海老蔵をナレーションになぜ使う。中井貴一にして欲しいよ。と文句を言いながらも見てしまうのが大河。喧嘩できるほど仲の良い夫婦みたいなものだね。まあ、今どきはさっさと別れる夫婦も多いけどね。

藤沢周平「冤罪」(昭和57年初版)

藤沢周平の初期の短編集。読み始めると、するすると江戸時代にタイムスリップできる。「武家物」と呼ばれる江戸時代のあまり石高が高くない武士の話である。いわゆる江戸時代のサラリーマンの話。筋立てがどれも面白い。滑らかな語り口は、美味しいお酒のように、しっとりと心に染みていく。時代小説くらいの距離がちょうどよいのかもしれない。今どきの話だと切実すぎたり、リアリティーが気になったり、すっぽり物語世界に没入できないかもしれない。江戸の頃も、今の時代と同じように人は悩んで楽しんで恋して狂って生きていた。今より寿命も短かったし、生死は身近にあったはず。武家にはこう生きるべきという規範があり、潔さを何より大事にする社会だった。残念ながら今の私たちが潔く死ぬのは難しい。今すぐ死にたくはないが、長生きもしたくない。健康は日に日に目減りするし、お金はもはや稼げない。国は自分でなんとかしろというし。身寄りもないし、いても頼って嫌われたくない。長生きリスクは深刻だ。美しい日本の風景や慎ましい生きざまが昔の日本にはあったと勘違いしたいのも、そんな心のなせるわざかもね。過去は何でも美しくする。だから時代小説がいいのかもしれない。

日テレ「シロでもクロでもない世界でパンダは笑う。」

ミスパンダが飼育員さんと世の中のグレーゾーンにシロクロつけに行くお話。主演は清野菜名。ミスパンダという神出鬼没な謎の変装パンダの女性を演じている。これがカッコいい。アクション女優さんなんて久しぶりかも。飼育員は横浜流星君。人気の若手俳優。日曜日の夜のドラマはちょっと異彩を放っていていい。そう、世の中は閉塞している。ミスパンダみたいな存在を求めている。抑圧されたエネルギーは放出先が見つけられず、危うい暴力や戦いに人はひかれていくのかも。極右勢力の台頭も、リベラルの無力も、必然なのかものしれないね。正義の先に平和があるとずっと思ってきたけれど。正義は思いのほか多様だったのよ。最近ではスマホで世界中が繋がってしまい、あちこちで正義と正義が衝突している。豊かさという絶対数の足りないケーキを巡って人は血眼になっている。ああ、それにしてもビリーアイリッシュのbad guyが耳から離れない。不穏な世界を避けるすべを見つけられず、私たちは流されていくのかなあ。