池波正太郎「剣局商売 辻斬り」新潮文庫(昭和60年初版)

剣客商売シリーズの第二弾。前回より昔の作品だ。主役の秋山小兵衛も60歳くらいの設定。40歳年下のお嫁さんとのやり取りも艶っぽくて60歳の男性の生臭さがうかがえる。私の読んでいるものが平成11年の44版のもの、多くの人に読まれたんだね。仕事帰りの中高年の男性が電車の中で読んでいたのだろうか。心地よいリズムの文章、季節の移ろいや江戸の景色が疲れた心と体にスーッと入っていく。60歳なのに最強の剣客だし、旨い酒肴に舌鼓をうち、金払いはいいし、若い嫁にも愛されているし。まさに理想の晩年。疲れた中高年サラリーマンじゃなくても至福。エンターテイメントの極みだね。この本が出た頃はバブルの時代。今のしぼんだ日本からは想像しがたい膨らんだ風船のような時代だった。あれから我が国は、ずずずずと横にずれて崩れてきて、今に至ったような感がある。何がいけなかったのかと反省もするが、悪いことばかりではなかったはずだと開き直る。手元に残ったものを見つめながら、誰とも交わらないコロナの夜に剣客シリーズ。外は冷え切った冬の雨だが、心にぽっと灯がともる。明日は晴れるといい。そう思う。