吉田博展 生誕140年 山と水の風景  東郷青児損保ジャパン日本興亜美術館

吉田博の存在はNHKの「日曜美術館」で初めて知った。明治から昭和にかけての風景画家。日本国内より海外での評価が高く、版画はあのダイアナ妃の居室に掛けられていたという。平日にも関わらず、新宿高層ビル上層階の美術館は中高年で一杯だった。なんだかなあ。展示作品数は多い。初期の水彩画が予想以上に良かった。湿り気を帯びた空気、なんともいえない風情。日本人が描く洋画だ。繊細なタッチがどこか日本画を思わせる。水彩、油彩、版画の作品の多くが風景画だ。裸婦像は一枚あったが、上手なのだが印象に残らない。吉田博は風景が好きだったのだろう。版画作品は同じ版でも摺りを変え、夜明け、午前中、午後と夜と、同じ絵で時間の違いを鮮やかにみせる。版画とは思えぬ精巧さと、あの水彩画で感じたみずみずしさが素晴らしい。緻密。彫りもそうだが、明暗の微妙さ、ここまで版画でするのかと感動する。吸い寄せられて張り付いて、遠ざかって感心する。海外の人が好むのも少し分かる気がする。というのも吉田博の版画には、日本人の持つ独特の暗さが希薄だ。良い意味でも悪い意味でも、明るい。吉田博もそうだが、外国暮らしが長かった人には独特の開放感が漂う。反対に日本在住歴が長い外国人は、どこか日本的な翳が出る。暮らした環境や時間が生来の色を覆っていく。しかし同時に、たとえ時間を重ねても消えない生来の色というのもある。良くも悪くもだ。

前野ウルド浩太郎 「バッタを倒しにアフリカへ」 光文社新書(2017)

表紙の人は著者だろう。緑の民族衣装にバッタの被りもの、手には虫取り網。バッタを愛して、バッタに食べられたいと願うバッタ博士のお話だ。アフリカで時折、大量発生して深刻な被害をもたらすサバクトビバッタ。その研究に、西アフリカモーリタニアに行ったバッタ博士の汗と涙の青春物語。文章はとても読みやすい。ポスドクの椅子取りゲームから異国で出会うさまざまなエピソード、そしてバッタの生態。ちょっと青臭いが素直で面白い。著者は人生の大事な転換期に、何も知らない途上国でいつどこで発生するかも分からないバッタの大集団に人生を賭ける。もうそれだけでワクワクする。著者が研究するサバクトビバッタ自体も面白い。体長は約5センチ。意外に大きい。何かのきっかけで何千万、何億匹という巨大な群れになり、大地を高速で移動していく。その姿は砂漠を這う黒い煙。バッタが通過した場所は草木が食べ尽くされ、農作物は全滅。2004年のモーリタニア周辺で発生したバッタ集団の農被害はなんと25億円。日本も3.3億円の資金援助をしたらしい。サバクトビバッタは単独でいるときは緑の大人しいバッタだが、集団になると、体色が変化して黒と黄色の凶暴なバッタになる。群れると体色も生態も変わるのだ。群集心理?群れると変わるのは人間も同じかも。遠い西アフリカのモーリタニアで、途方もないバッタ問題に挑むことは、京都大学の総長がいうように、その苦労はいかばかりかだし、感謝に値する。世界は広い。飛び出せる人は海を渡って翼を広げた方がいい。リスクはあるし、安定した老後は送れないかもしれない。でも見たこともない世界、想像だにしなかった自分を発見するかもしれない。たとえすべてを失ったとしても、人生は喪失と獲得の繰り返し。多くを得れば、多くを失う。持てる荷物には限りがあるのだ。さぁて、モーリタニア、ちょっと行ってみたくなった。

テオ・ヤンセン展 三重県立美術館

オランダの彫刻家テオ・ヤンセンのストランド・ビーストを見に行った。彫刻家と言っても作品は帆をつけた船の骨格のようなもの。オランダ語でストランドは砂浜、ビーストは生命体。テオ・ヤンセンが作った造語で、砂浜の人工生物体という意味だ。黄色のプラスチックの細い筒が骨格のように複雑に組み合わさっている。細い透明の管が血管のようにその骨格に張りめぐらされている。骨格のてっぺんには帆がある。帆に受けた風の圧力が管を通って骨格全体を動かす。無数の黄色の管で出来た足が次々と前と繰り出す。動きは「風の谷のナウシカ」のオウムだ。むかでのような足、大きな船のような帆、マンモスのような骨格が、潮風を受け砂浜で動きだす。海岸で風を集め、動き出す動画はなんとも奇妙だが美しい。動き出すと無機的な立体物が突然いのちを帯びるからだ。テオ・ヤンセンはアーティストに転身する前は物理学者だったらしい。風を動力に変換していく仕組みには緻密な計算があるのだろう。会場では実際にデモンストレーションがあり、ストランド・ビーストを動かしてくれる。動きは予想以上に速い。おおおお。ちょっと間近で見ると感動がある。立体作品は二次元の絵にはない広がりがある。その上、これは動く。ふしぎだ。「生きもの感」があるのだ。ビーストのひとつ、向かい合った1対の作品があった。首先が互いにシンクロして動く。アホウドリのペアが求愛しているみたいだ。風で動くストランドビースト、未来の生き物のようで、同時に大昔の生き物みたいでもある。「時」を突き抜けた「力強さ」とでもいうのかな。「いのち」というものも、案外そういうものなのかもしれない。

メアリと魔女の花(2017)

夏休みのシネコンは家族向けの映画で一杯だった。ジブリっぽいアニメが見たくてこれにした。スタジオポノックの長編第一作。監督は米林宏昌。声優陣は杉咲花神木隆之介など有名俳優陣で一杯。期待どおり開始早々の火事のシーンは良かった。花の種を持って女の子が逃げていくシーンはまさにジブリ。こういうのが見たかったのだ。しかしその後は低空飛行。結局は盛り上がらないまま終了。主人公メアリ・スミスもかわいくないし。ジブリっぽい登場人物やら背景やら一杯出てくるが、ストーリーが面白くないのだ。映画評では酷評されていた。なるほど。面白くなかったのは途中で眠ってしまったせいだけではないようだ。エンドロールに「感謝、高畑勲宮崎駿、鈴木敏男」とあった。ジブリが大好きな人たちが作った映画なんだなあと思えば、スタジオポノックのロゴがジブリそっくりなのも、出てくるキャラがジブリみたいなのも、仕方ないのかもしれない。ジブリっぽい映画が見たかったのは確かだが、こう言うんじゃないんだよな。

NHK大河ドラマ 「おんな城主直虎」 “嫌われ政次の一生”

久しぶりに大河で泣いてしまった。ラストがあんまりだった。柴咲コウ高橋一生にシビれた~。いやあ凄いのだ、凄いのだ。2017年度の大河は女性が主人公。女性版は総じて評判が悪い。その上、好評「真田丸」の後だから、どうしても見劣りする。そもそも歴史上の偉人に女性は少ない。今回は、戦国時代の井伊直虎。誰?その人って感じだ。しかし、主演の柴咲コウが美しいし、魅力的なので見ていた。そもそも直虎のおかっぱ頭が似合う女優は柴崎コウ以外いない。脚本は「ごちそうさま」の森下佳子。ここ最近は柳楽優弥も出ていて、柳楽君と高橋一生を楽しみに毎週見ていた。その高橋一生がここで亡くなるのである。サブタイトルを読んで、ああ、今日の放送で政次は死ぬのだなあと思ってみていると、どのシーンも切ない。なつ(山口紗弥加)の膝枕で眠る高橋一生の姿を見るだけで、しみじみきたし。「なんとかして直虎さまを助ける」と、財前直見の前で言う高橋一生の微妙な表情に心が揺れ、ああ、とうとう政次(高橋一生)がいなくなるのか・・・・と、どんどん寂しい気持ちになった。そこに直虎が「われが見送ってやらねば!」と言って、処刑場へ赴くのである。尼僧の柴咲コウだから、念仏でも唱えてやるのかしらと思ったら、なんと!!!誰がこんなラストシーンを予想しただろうか。ひえー。究極の愛である。脚本家森下佳子、あっぱれである。結果、日曜夜から完全な政次ロス。高橋一生のいろんな表情を思い出してしみじみしている。来週からどうしたらいいのだろう~。それにしても鬼気迫る名演。久しぶりに打ちのめされた。残念ながら「直虎」の視聴率は低い。しかしそれゆえ「みんなは見てないよな~」という変な優越感を感じた。ちょっとトクした気分だ。

NHK ドラマ10 「ブランケットキャッツ」

重松清原作のネコにまつわる一話完結の連続ドラマ。この間の富田靖子の話が2週連続で最終回だった。西島秀俊に興味がないので、期待せずに見ていた。でも、最後にドーンときた。富田靖子は48歳の地味なバツ2の独身女性。暗くて寂しい人生を送ってきて、その上、今は胃がんにかかっている。ひとりぼっちの48歳の女。富田靖子は地味だけど、真面目に生きてきた中年女性をうまく演じていた。「さびしんぽう」富田靖子は薄幸が似合う。どこかさびしげで悲しい。会社のお金を持ち出し、最後の旅に出かける。旅の道連れに、西島秀俊のところからネコのクロを連れていく。西島秀俊は、妻を亡くしていた。仕事が忙しいと、クロを病院に連れていって欲しいという妻の頼みを断り、妻はクロを連れて出かけて交通事故で亡くなった。年齢を重ねて迎える絶望と後悔、孤独とむなしさ、そこにそっと寄り添うのがネコなのかもしれない。まさにブランケットキャッツ。毎回毎回、ネコが登場する。どのネコも個性があって、名演でかわいい。猫好きではまったくないのだが、ネコを飼いたい気持ちが少しわかった。それにしても重松清ワールド、これに涙するようになったら、まぎれもなく人生は後半だ。ほんと切ないねぇ。

テレビ朝日「黒革の手帖」

やっと武井咲がまともなドラマに出てくれた。松本清張原作の有名なドラマは、米倉良子を始め、多くの女優さんが演じている。貧しく育った美しい娘が詐欺を重ね銀座のクラブでのし上がっていく話だ。武井咲は、「大切なことはすべて君が教えてくれた」の時は、先生役の三浦春馬を翻弄する美しくてあやうい女子高生だった。あれはよかった。しかし、その後はまったくダメだった。どうしてこんなドラマに出るかなあ・・・・といつも思っていた。しかし「黒革の手帖」はいい。どうも武井咲はちょっと「したたかな」役の方がいいのである。明るくかわいい役じゃあないのである。今回は、「あなそれ」で怖い奥さんを好演した仲里依紗が、ライバル?「波子」で登場。仲里依紗はヤンキー力全開で、子ネコみたいなかわいい。「逃げる女」の時の狂気もあって、今、旬の女優さんである。先輩ママに真矢みき、波子に入れ込む美容整形の院長に奥田瑛二。その古い愛人に高畑淳子。結構豪華な配役。高畑淳子は去年の今ごろは息子の不祥事であやまっていたが、最近ちょこちょこ、底意地の悪い役で復活している。悪役だと視聴者からも文句がこないのかな。武井咲と関係を持つ政治家安島役が江口洋介江口洋介って存在がなんだか薄い。イマイチ。でも武井咲が美しいからまあいいか。奥田瑛二演じる院長先生が、「国有地の払い下げで土地をただみたいな値段で手に入れる」ってな、ことを言っていた。こういう話は以前はドラマだけの世界かと思っていたがそうではないらしい。いい年をして私はほんとにあまちゃんだ。