遠い太鼓Distant drum (1951米)

村上春樹の小説の映画かと思って録画していたのかもしれない。見たら全く違う古い古い映画だった。ゲーリー・クーパーが主人公でイケてる将軍を演じ、先住民の捕虜になっている白人たちの救出に奮闘するお話。ひねりは全くない。先住民が乱暴で無知な存在として描かれ、彼らを騙したり、戦ったりしながら将軍チームが最後に勝つ。そういう時代の映画だった。フロリダのエバーグレーズ国立公園で撮影をしたことが最後に明示されていた。フラミンゴやら、ワニやら野生動物が随所に登場。こういうのが当時は新しかったのかもしれない。マナティーが暮らすクリスタルリバーをバチャバチャと将軍率いるチームが進み、ワニに襲われそうになったりしていた。ある意味エンターテイメント感はたっぷりあって飽きずに見られた。先住民の描き方は今ではありえない感じだが、職場の環境も、家庭内のパワーバランスも、随分変わってしまった。今の正義も何年かしたらまた変わるのかもしれない。これから長く生きてそれを見るのも楽しいかもしれない。、小さなことで一喜一憂せず、大きな流れを見て判断できる大人になりたいと思いつつ来たが、大人も後半、いまも些末なことで心がざわつく。

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書The Post(2017米)

メリル・ストリープトム・ハンクスが主演。監督はスピルバーグ。ちょっと見ておこうかなという気がしたのは、昭和の人間だからだろうか。ベトナム戦争時の最高機密文書が盗まれ、それが明るみに出るまでの攻防のお話。新聞社同士の駆け引きや、政府関係者からの圧力やらあった上で、ジャーナリズムとは、と問いかける。今の日本にいるおかげで、単純に感動出来ないのが新しい発見。今のジャーナリズムにいる人の多くが、こういう正義に憧れて今の仕事についたはず。人の気持ちはままならないし、自分のことはわからない。それはさておき、大好きな女優メリル・ストリープが弱々しいお飾り社長から変身していく樣は見事だった。トム・ハンクスの熱い編集長もはまり役で見ていて気持ちいい。こういうドラマを私たちはずっと楽しんできた。未来を楽観的に正義はこうあるべきだと思いこんで生きてきた。老いが忍び寄ってきたせいか、ここ最近は懐疑的。正義自体が変わったのか、世界が変わったのか、はたまた見ている自分が変わったのか。さあ、どうする。そう言いながら、平穏無事な日常へ今日も埋没してゆく。

NHK「透明なゆりかご」2018年初回放送の再放送

今回の再放送を入れると見るのは3回目かもしれない。何度見ても涙する。主演は清原果耶。海辺の産科でアルバイトを始めた看護学生アオイが体験するいのちの物語。産科のお医者さんが瀬戸康史。婦長さんが原田美枝子、先輩看護師が水川あさみ。アオイの母が酒井若菜。5年前の清原果耶ちゃんが初々しい。彼女が、このドラマ全体に流れる清らかさや生命のたくましさを体現しているは気がする。ダイアモンドの原石の輝きとでもいうのかなあ。全10回で各回ごとにテーマがあり、すべてはずれなしの高品質。主題歌のCHARAの歌声がまたいい。重いテーマも包み込んで、雨上がりの虹のような景色を見せてくれる。このドラマも原作は漫画である。漫画は読んでいない。原作とどのくらい隔たりがあるのだろう。同じ原作者と脚本家でまた新しいドラマ「お別れホスピタル」が始まるようだからきっとうまくいっているのだろう。素敵なお話が漫画でもドラマでも多くの人の心に届くといい。きれい事だが、それしかない。

「小説家を見つけたら」Finding Forrester(2000年米)

ずっと以前に録画した映画。なぜ録画しようと思ったのかはもう忘れた。映画開始早々から目が離せなくなったのは主演の青年の表情のせいだ。なんとも言えないナイーブさと明るいふてぶてしさが同居した、いい顔なのだ。お話は文壇から姿を消した伝説の小説家と、文才あふれるブロンクス出身の少年との友情のお話。バスケットボールが得意な黒人少年が、白人で頑固な老人と心を通わせていくのだが、この小説家がショーン・コネリー。威厳があって気難しそうな役柄で、ショーン・コネリーにぴったり。私は彼が見たくて録画したことを思い出した。お話は長めだが、丁寧にプロットを描いている。ヤンキースタジアムに老小説家を連れていくくだりがよかった。自転車でニューヨークを走るショーン・コネリーも素敵だった。この作品が出た2000年、世界はグローバル化に進みだした頃だろうか。偏見差別は減り、世界はこれから良い方向に向かっていくのだという夢を私が見ていた頃だ。映画の主人公ジャマールは黒人であることから偏見を持たれることもあるが、周囲の多くが彼に対して公平で友好的であった。この映画はあきらかに今の雰囲気とは違う。20年後の今を当時は誰も思いもしなかったはずだ。一体、何をすればまた歩み寄れるのだろうか。今は答えが見つからない。この映画を見て、ショーン・コネリーのように生きるのがいいなあと思った。若い人たちを支えるのだ。終焉までの時間、花が開く喜びに関われたらさぞかし幸せだろう。誰かの為に何か出来たら、何も実を結ばなかった人生も、少しははなやぐ気がするのだ。

万作萬斎狂言公演「萩大名」「小傘」パルテノン多摩

野村家三代の狂言。万作さんは90才を越えてなお舞台を踏んでいる。驚くべき人間国宝で、萩大名の大名を演じる。萬斎さんと息子の裕基さんは小傘を演じ、2つとも新年らしく楽しい狂言だった。始まる前に、石田幸雄さんから狂言の説明があった。伝統芸能を見るのが初めての方への基本情報の提供である。イントロも含めて全部で1時間半。実質1時間で2狂言。これでお客を呼べるのはこの野村家三代だけじゃないだろうか。少し食い足りない感は否めない。集中力が落ちてきている時はいいかもしれないが、もっと見たいと思う。しかしそうなるとチケット代が一万円を超えちゃう。そうすると見に来る人は減ってしまう。ギリギリのせめぎ合いでこうなったんだろうな。万作さんのお孫さんにあたる裕基さん、背も高くて声もいい。将来が楽しみである。芸を継承することはとても素晴らしいと思う。当事者の苦労や辛さは全くわからないのだが、今頃になって、本当にそう思うのだ。継承するものは何もないのだけど、自分のところで終わってしまったので、余計そう思ってしまうのかもしれない。まあ、そういう人は今はごまんといるのだけど。

角川文庫編「ビギナーズコレクション 源氏物語」(2011年初版)

大河ドラマの影響で、源氏物語を読みたいと思った。いきなり瀬戸内寂聴さんの現代語訳本に行くのはと思い、こちらを読んでおくことにした。そもそも、源氏物語は高校生の頃に読んでいる。大和和紀さんの「あさきゆめみし」という漫画でだ。大筋と人物相関はそのおかげで今も理解している。若い頃の知識は尊い。若い頃に勉強しろと言われるはずである。15歳の自分に教えてやりたいが、きっと何を言っても無駄な年齢だった。さて、この本は初心者用の本としてはなかなか素晴らしい。各段ごとに、最初にあらすじがあり、そのあと、原文に合わせた現代語訳がある。一番最後に原文が出て来る。太字で記され、もちろんルビつきなので音読も可能である。現代語訳が二段重ねで実に丁寧だ。これなら道に迷うことがない。おかげで宇治十帖までの54段スルスル読めた。あらためてよく出来たお話だと感じ入る。因果応報。我が身がおかした罪がやがて我が身に降りかかる。ああ怖ろしい。あのときのあれ、みんなが忘れていても神様と私は覚えている。そろそろ降りかかる頃だろうか。あああ。

根津美術館「企画展 繡と織 華麗なる日本染織の世界」

表参道に行くので久しぶりに根津美術館を訪れた。入口に続く長い廊下は、左が竹垣、右が笹で既に美しい。企画展は着物の刺繡と織物。上代から明治までの布や着物が並ぶ。上代の裂(きれ)と呼ばれる布の切れ端から絢爛豪華な能衣裳まで、これを眼福というのかしらん。本当に美しい。階上には中国春秋時代の青銅器の酒壺やら、掛軸の水墨画、室町の茶道具などがあった。どれもすばらしい逸品ばかりで、センスの良さを見せつけられた。お天気は少しあやしかったが、有名なお庭にも出てみた。散策用に貸出用の傘が置いてある。傘は渋めの色合いで、微妙にそれぞれが違っている。これまたおしゃれ。庭園内のカフェでゆっくりお茶はできなかったが、表参道の喧騒とは隔絶した世界を堪能。贅沢な時間だった。いろんなところがダメダメの傾国ニッポンだけど、それでもまだまだいいところは一杯あるのだと思い直した。新年早々心痛むことも多いが、なんとか負けずに乗り切りたいし。乗り切れるよう手を尽くしたい。おひとり様なので言えるのだが、あなたはひとりじゃない。