夏目漱石「草枕」岩波文庫

20歳までほとんど本を読まなかった。黙読が苦手だった。目で追っても頭に入らないのだ。仕方がないから声に出さないで音読する。読む速度はカメだが、今は読書が出来る。高校生の夏休みに読む新潮文庫の100冊系はほとんど読んでいない。夏目漱石も読んだのは少しだけ。「草枕」の冒頭「智に働けば角が立ち」の有名な一節も、映画やドラマでよく引用されたから知っていた。高校生の日々から膨大な月日が流れた。たまたま手にした草枕。読むなら今だと思って読んだ。「先送り」する「先」がもうあんまりないからだ。草枕は私が思っていたような小説ではなかった。「こころ」や「それから」に近い小説だと勝手に思い込んでいた。読み始めたら面白くて楽しくなった。これなら漱石も好きかもと早合点までした。「非人情の世界」に身を置きたいと思う画工がいう。「小説など頭から読む必要がないのだ、気に入った場所をただ読めばいいのだ」と。うんうんと頷いた。長い文章が苦手な私には嬉しい話だ。鏡池の椿、ミレーのオフィーリアの絵、ゆるい脈略の中でどこにも辿り着く気もない小説を読んでいると、目の前に夏目漱石自身がウダウダ話をしているような気分になってくる。「これが新しい小説なのだ」とささやく。漱石研究からすると、草枕に書かれているさまざまなエピソードや題材から、当時の漱石が好んだものやら、考え方、晩年へと至る彼の思想の変化やらいろんなことが読み解けるのだろう。残念ながら私には無理だ。だが最後の場面で那美さんの表情に「憐れ」を見て作品が完成したというシーン。不思議な着地感があった。さすが文豪。全くの非人情でもまた生きづらいのよね。高校生から成長の止まった頭だけど、読む時間があるうちにもちょっと文豪に触れたいね。