松本清張「砂の器」新潮文庫(昭和48年初版)

何度もドラマ化された有名な作品だが、読んでいなかった。昭和の名作を読まずに死んではいけない。最近は、晩年に差しかかってきたのでなるべく先送りはやめている。さてお話は、殺人事件とその犯人を捜す刑事さんのお話。被害者の身元は不明。唯一の証拠は、犯人らしき人達の会話を聞いたという証言のみ。東北訛のような話し方とカメダという僅かな手がかりで話は進む。読み進めるほどに昭和の世界がいろ鮮やかに目の前に立ち上がる。昭和を生きていない人には出てこない現実感。ああ、昭和。この刑事さんは思いつくとすぐに夜行列車に乗って現場へ赴く。秋田、島根、三重へ、硬い座席で長距離移動はさぞや疲れるだろうと思うが、当時の夜行列車はお手軽に地方に行く手段だったのだろう。これも昭和の風景だ。今の夜行列車はすっかり贅沢品になって、特別な乗り物になってしまった。文庫上下巻はあれよあれよと読み終わった。後半は、驚きの展開にワクワクドキドキして一気だった。深刻な社会問題、人間の奥深いところに潜む虚栄心やら欲望やらをえぐりだし、あっけないほどサラッと終わった。揺るぎない感じだ。さて現実の令和の私たち。正義はどこにあるのだろう。あれから私たちは何をどう変えてしまったのだろう。よどんだ池の中で酸欠ぎみになっている。私たちは誰と戦えば良いのだろうか。世界はどんより灰色だ。