松本清張「点と線」新潮文庫(昭和46年初版)

松本清張が有名になった小説らしい。ドラマを見たりしていたので、おおよその中身は知っていたのだが、小説を初めて読んだ。薄いからあっという間に読めた。今では珍しくないが、アリバイ崩しがテーマである。時刻表を読み解いて犯人のアリバイを崩す。昭和の話だなあと思うのは、犯人が乗っていた車両に着物姿の人がまだちらほらいるということや、地方の老刑事が東京の若手刑事に書いた手紙の文章がこれでもかと思うほどへりくだっていることだ。謙遜が当たり前だった時代、今、これがすらすら書ける人はもう多くはないだろう。時代は進む。この話のような推理小説は今はもう読者を集めないかもしれない。でも、この短い小説は、事件だけでなく、あの頃の風俗や社会を巧みに描き出している。高度経済成長の日本は猛烈に前進していて、何かを積み残しつつも前へ前へと進んでいた。今もそうだが、社会はいつも何かを犠牲にしていくものなのかもしれない。着実に忘れ去られ、踏みつけにされているものがある。今はそれが自分じゃなくてよかったと思っている。でも、ある日突然転落するかもしれない。そうでなくても、どんどん年をとって坂道は下る一方だ。孤独に寂しく、体は不自由になっていく。誰にも大事にされず、顧みられることもなく、生きること、そして死ぬこと。昭和のあの頃よりもずっとリアルに一般的になってきた。これも時代の流れ。甘んじて受け止めるしかない。