NHK-BSP「中森明菜スペシャルライブ2009横浜」

13年前の明菜ちゃんのカバーライブ。折れそうな細い肩を出した黒のノースリーブと紫のロングスカート。ストゥールに座りながら、フォーク、ニューミュージックの名曲を次々と歌う。選曲が渋すぎてびびる。1ミリも光がない。歌い方も息のこもったあの歌い方で、ほぼうつむいてひたすら熱唱。どこまでも染み入るような暗さに、どんどん引きずり込まれてしまう。生まれて初めて彼女の魅力に気づいたのかもしれない。絞り出すような歌い方は命を削っているような気さえする。少し前に放送していた1989年の野外ライブの明菜ちゃんとは全然違う。あのときに見せた弾ける笑顔と挑むような鋭いまなざしはここにはない。ただただ、さびしくて壊れそうな難破船の明菜がいた。ミッツマングローブが明菜ひいきなのも分かったような気がした。ここはひなたの道を歩いているつもりで、いつの間にか踏みつけられた道端のタンポポの場所。綿毛を飛ばすこともなく息絶えたところなのかもしれない。たまに入る明菜の曲紹介は柔らかくて、ほんのり微笑んで、その壮絶さを語らない。ただ歌声には水底を這う人間の気持ちを揺さぶる何かがあるような気がした。彼女は何をしてんだろう。今も歌っているなかなあ。今こそあなたが必要なのかもしれないね。

フジテレビ「競争の番人」

お仕事シリーズのドラマ。今回は公正取引委員会のお仕事。主役は星野健太郎と杏。星野健太郎は変わり者のエリートが多いが、今回もその役。お父さんの恨みを抱えて権力と戦うみたい。もうすぐフランスに移住する杏ちゃん。警察から左遷されて公取委に配属になった、体育会系女子を演じている。小池栄子やら寺島しのぶとか、最近の月九は年齢高め。時代だね。ラブストーリーよりも社会派ドラマだし。正義が見えない不安の時代、弱いとどんどん押し潰される世の中。正しい競争を導く人達の奮闘ドラマで少しはスカッとしたい。初回は豪華に山本耕史が悪役のホテルチェーンのオーナーを演じていた。本当は加害者なのに立場の弱い被害者になって、マスコミの前で話す悪徳オーナー。話された内容は吟味されることもなく拡散。本当のことは闇の中に葬られ、弱き者は一層窮地に。見ていると、現実とも重なる。良いドラマはちゃんとメッセージがある。そもそも、悪いことをするとバチが当たると言われて育ってきた。仏様がいつも見ているよ。いつか我が身に降りかかるぞって繰り返し言われて育ってきた。これを宗教的というならば、宗教は根深い。情けは人のためならず。本当にそう思うんだが。私は最近少数派らしい。

TBS「オールドルーキー」

この枠のドラマは苦手だ。中高年男性が喜びそうな展開をするからだ。トップガンマーベリックと同じ。主役の綾野剛くんが旬を過ぎたサッカー選手を演じる。引退してスポーツマネージメントの世界に入る不器用なスポーツマンが臥薪嘗胆して頑張るお話のようだ。榮倉奈々ちゃんはすっかりシュッとしてた、今どきのママっぽい。反町隆史か影のある凄腕社長、芳根京子がお仕事がデキル今どき女子。中川大志が若手社員。十分過ぎるキャスティングで日曜日9時だなあと思った。すっと、自分の意見や好みは多数派に属するといつも思っている。しかし選挙が終わると私は少数派なのだと知らされる。元首相が亡くなった。銃で撃たれるなんて、ビックリだった。その日のテレビニュースは、NHKも民放もみんな同じでビックリした。大きなニュースだが、特番を入れて、新しいドラマやら映画やらを潰して放送したのには唖然とした。多数派に属するテレビという認識が間違っているのか、私がそもそも多数派ではないのか。オールドルーキーも、ただ私がズレているだけなのかもしれない。

再開館を寿ぐ「三番叟」「二人袴」パルテノン多摩

野村万作、萬斎、裕基の野村親子3代揃っての狂言と舞の公演。三番叟は萬斎。二人袴を万作さん、裕基君が演じる。万作さんはなんと90歳の舞台。それがまた素晴らしい。まさに神。日本の宝、さすが人間国宝だ。動き、表情、居ずまい、孫裕基くんが演じる息子役との掛け合いの妙といい、どれもこれも素晴らしい。狂言の持つ軽やかさが実に心地よかった。舞は萬斎さんの十八番、三番叟はこけら落としの舞台にふさわしい演目だ。今から30年近く前に見た若かりし萬斎さんの三番叟とは違った舞に多少の動揺もあったが。あのときに感じた陽のエネルギーから、今回の重のエネルギー。55歳の萬斎さんの舞からは忍従する人々が願う五穀豊穣への思いが深く感じられた。万作さんの孫に当たる裕基君は見事に二人袴のおとぼけ婿殿を演じ、萬斎さんの重厚さと対照的でもあった。隔世遺伝と言うが、裕基くんは万作さんとよく似ている。天性の陽というのだろうか。3代それぞれの狂言を見て、沈みゆく我が国を憂いてばかりではいけないなあと反省した。隗より始めよ。自分の意識を変革せねばと心新たにした。今週末は選挙だしね。

「トップガン マーベリック」(2022米)

私の年代の人なら見に行く映画。たまたまドルビーシネマだったけど、この映画ならその価値があるかも。お話は還暦の戦闘機乗りであるトムクルーズが年齢を感じさせない活躍でトップガンの若者たちと一緒にまだまだ頑張るって話である。還暦ファンタジー。ジェニファーコネリーが黒島結菜に見えたり、トムクルーズがムキムキ頑張って、今も凄いパイロットを演じていたり、ちょっと文句も言いたくなるのだけど、それでもよくできているので許してしまう映画である。トップガンの若きパイロットたちなどのキャスティングも今風で多彩。女性パイロットが最後に選抜されるあたり、考慮しすぎなのかもと思ってしまったが、私が偏見を持っているだけなのかもしれない。戦闘機のことなど何も知らないが、臨場感があって堪能できた。この手のものが好きな人にはきっとたまらないだろう。とはいえ、見終わって、何だかちょっと寂しい気持ちにもなった。というのも、昨今の世界情勢。敵の基地を爆破させるとか言われても、何が正義で誰が敵なのかと考えてしまう。正義の破壊という名のもとに、実際、今も戦闘は続いているわけだし。映画として楽しめばいいのだろうが、そんなに器用にわりきれない。還暦のトムクルーズ、本物の還暦はあんなにかっこよくないけど、色々考えてはいるのである。

村田沙耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」朝日文庫(2015年初版)

同級生とご飯を食べていて話題にのぼった本。中学時代からの女友だちアルアル話から是非にとすすめられた。スクールカーストという言葉がない時代を生きてきたが、ヒエラルキーがなかったわけではなかった。この本は小学生から中学生に向かう少女たちのドロドロとした心の話である。新興住宅地で暮らす主人公「谷沢結佳」は少年「伊吹」をおもちゃにしている。結佳のカーストは下からふたつめだが、伊吹は1番上のカースト。マッチしない関係がこの話の核になる。白いニュータウンと、2人が通う書道教室の墨。一緒に帰る夜の緑道。白と黒の対比が、主人公の心情や行動と重なる。小学生の時の仲良し、信子ちゃんと若葉ちゃんは、中学になって同じクラスになったが、所属するカーストはそれぞれ違うし、もう親友ではない。結佳はそつなく周りを読んで複雑な力学がはたらく教室を生きている。一方、少女の身体は第二次性徴を迎え、わちゃわちゃしている。そのすさまじさに、懐かしを越えて気持ち悪さが先だった。それでも一気読みしてしまうのだから、なんだろうね。ねっとりとした少女の内面がこれでもかと書き綴られている。後半の転換にもびっくり。でも不思議に読後感は悪くない。それにしても、我が身を振り返ってみたが、痛みやら、自意識やら、あまり思い出せないのは、私がひょっとするとクラスの上位にいたせいなのかもしれない。伊吹と同じ「幸せさん」だったのかと思うと恥ずかしい。あの頃、上位にいたらしい私は、その後は下ってばかりだ。人生が15歳で終わればよかったのか。はたまた下り転がったからこそ、今があるのか。もう二度とあの頃には戻りたくないが、今、中学生の自分に出会えたら、この本を勧めるかもしれない。あの頃の自分が読みこなせるとは思えないが、万が一にも心にかかれば、今の私には辿りつかずに済む気がする。それがいいのかどうかはわからないが、それくらい「刺さる」ものはある。痛みや傷はできれば避けたいが、避けきれないときもある。ツルッとした人生にもそれなりの古傷はある。長く生きるとは無傷ではいられないということか。それでも、やかてすべては終わる。私たちはいつも終わりに向かって歩いている。

柞刈湯葉「人間たちの話」ハヤカワ文庫(2022)

「ゆる言語学ラジオ」の堀元君が好きな作家だというので読んでみた。久しぶりに新しい本を読んだ興奮もあるが、大変面白かった。当たり前だが、古い本にはない「今」があった。短篇小説集で、どれもシニカルな視点とさらっとした読み心地がある。それなのに何か根源的なことを考えさせるから引き込まれてしまう。「楽しい超監視社会」にある私たちの日常は、監視人であるフォロワー数が多いほどいい。プライバシーってそもそもなんだっけ?そんな気にさせられる。タイトルでもある「人間たちの話」は、もっと続きが読みたかった。ひとつの細胞から生まれた私たちとは違う、宇宙のどこかに存在する生命体に、私たちは会いたいのだろうか。「記念日」や「No Reaction」にも流れている共通した「個の世界」が不思議な感覚で描かれている。孤独に生きることが感傷的ではなくニュートラルに存在していること。死がプログラムされていて、私たちは死ぬことを約束されていること。悲しくも寂しくもなくて、まるで宇宙空間に浮遊しているような感覚で語られる。ちょっと新鮮な気持ちになれた。作者は理系の研究職であっらしく、大学院生の暮らしや研究室の世界も垣間見れる。縁がなかった世界なので、それも興味深かった。若い頃はSFが苦手だと遠ざけていたが、苦手は損な気がしてきた。今は何でも知りたいし、味わいたくて仕方がない。美味しい匂いのする方向へ、楽しそうな音のすぐ方向へ、どんどん流されていきたい。そのスタートがこの本だったのは、大正解だったね。