井筒俊彦「イスラーム生誕」中公文庫(1990年初版)

井筒俊彦さんと言えば、三十を越える語学を操る知の巨人。恐る恐る本を手に取ったが、予想以上に分かりやすくて感動した。本書は2部構成で、第1部が「ムハンマド伝」、第2部が「イスラームとは何か」だった。第1部は昭和27年初版、青年の著者が書いたもの。第2部はその30年後に書いたものらしい。若々しい鮮烈な前半と、精緻で深い後半の構成がとても良いと思った。毎日のようにイスラム教関連のニュースは聞くのに、イスラム教自体については何も知らなかった。そもそもイスラム教とはどんな宗教なのかという謎がまとわりついていた。この本のおかげで謎は多少、紐とかれた。本書に繰り返し出てきた、「セム的一神教」ということもぼんやりとだが輪郭が掴めた気がする。考えて見ればほぼ同じ場所からキリスト教ユダヤ教イスラム教が生まれたのだ。この宗教たちは兄弟のように近いのに、それぞれが独立して相容れない。面白いねえ。語学達人の著者のおかげで、言葉がまた丁寧に説明されている。「イスラーム」という言葉自体は、「引き渡す」という意味で、そこから神への絶対服従、自己一切を手放し、神に委ねている人をムスリムということらしい。なんでも委ねやすい私はムスリム向きとも言えるが、そもそも何も委ねられないタイプがすべてを手放すところに意味があるのだろう。誇り高い砂漠の民がひれ伏すのだからいいのだ。そして、今日も戦闘は続いている。今もかの地で戦いが続いているというのは皮肉なものだと思う。