井上靖「後白河院」筑摩書房(昭和47年初版)

井上靖の本を今頃好きになって読んだ。私が良さを理解するのにはこのくらいの年齢が必要だったということだ。重厚なドラマも丁寧な語り口で滑らかに落ちていくから不思議。「後白河院」は4章からなり、周りにいる人たちが、語り部となり、それぞれの目線で院を語る。歴史好きならともかく、一般人にはなかなか難しい言葉が一杯。旧字体も多いので今回もスマホが大活躍。読み進めながら記憶に残っている大河ドラマのキャストを思い出していた。清盛は渡哲也だったり、松山ケンイチだったり。頼朝は岡田将生義経滝沢秀明後白河院平幹二郎かなあ。50年前の単行本だが、ケース入りだったので日にも焼けずきれいなまま。当時950円で販売、今なら3000円?。後白河院のいた時代は歴史の転換期。秩序が乱れて、落ち着かない雰囲気は、今の時代と少し似ている気がする。時代に翻弄されるというか、節操なく考えを変えて、身を処していく後白河院は、したたかというか図々しい。ただ、今言った言葉もすぐに忘れてしまうような人の方が混乱の時代を生き残るのかもね。今の時代もそんな感じだし。

岩崎家のお雛さま 静嘉堂文庫美術館

今月2回目の静嘉堂文庫美術館。梅が満開。去年に引き続き、岩崎家のお雛様を拝見する展示である。今回はお雛様と自慢の収蔵品の数々を展示している。岩崎家のお雛様は三頭身で丸顔童顔。とてもかわいらしい。三人官女も、武家づくりの五人囃子も皆、丸い。全員が岩崎家の紋入りの着物を着ていて、お道具も紋入り。ふたりの随身は黒と赤のいでたちで勇ましいけど丸い。見ているだけでにっこりしてしまう丸さ。犬筥という箱が今年もあった。金ピカで面白い犬の顔の箱、抱えるほどの大きさで、安産の印、犬を形どった張りぼての箱。お雛さんのと一緒に結婚する娘に持たせたらしい。中には一体何が入っていたのだろうね。この美術館はどこかに移転するんだとか。もう来年は会えないかもね。自慢の「曜変天目」や、柿右衛門、香箱などの三菱財閥の宝も人が少なかったので贅沢に拝見出来た。外は季節外れの陽気で、梅は満開。水仙も美しい。駐車場は高級車が一杯、そういえば着物で着ている人もちらほら。豊かに暮らしている人にも、そうでない人にも、楽しいひなまつりでありますように。今様なお祝いにしましょう。

TBS「俺の家の話」

年末に長瀬智也西田敏行の「タイガー&ドラゴン」の再放送を見ていたので、最初からスーッと懐かしい気分で見ている。プロレスラーの息子長瀬智也人間国宝の能役者の父西田敏行の介護を機会に家に帰ってくるところから始まる。高齢国日本の現実がクドカンのドラマまで来たのかと感慨深い気持ちになった。そう言えば、監察医朝顔でも、時任三郎認知症らしく、いづこも秋の夕暮れ。老人介護はもう他人事じゃないし、目を背けていてもみんな年は取る。ヒロイン戸田恵梨香はヘルパーさん、異母兄弟の寿限無桐谷健太、関西弁の元嫁に平岩紙、妹が江口のりこ、そして長州力長州力。盛りだくさんで百花繚乱。豪華な俳優さんたちが地味で暗くなる高齢者のいる風景を楽しく見せている。コロナ自粛で以前より大切にクドカンのドラマを見ている。笑えるドラマの脚本は男性しかいない気がする。女性の脚本家は喜劇やギャクを得意とする人は少ないのかな。なぜだろうね。男女の差別はしなくて良いが、男女の違いはある。平等な機会が与えられることと、適性はまた別の話なのかもね。辞職した森前会長はそう言いたかったのかもね。

「すばらしき世界」(2021)

美容院で役所広司の記事を読んで、その帰りに見に行くことにした。西川美和監督の映画。役所広司演じる三上さんの社会復帰の話である。何度も胸に迫る映画だった。六角精児演じるスーパーの店長さんが三上さんと心を通わせ始めるところ。長澤まさみ演じるテレビ局の社員がどなるところ。九州のやくざの女キムラ緑子が釣りから戻った三上さんに「帰れ」というところ。ビリビリと電流が流れた。主演の役所広司が凄いのに加え、三上さんを追いかけるテレビディレクターの中野太賀も凄い。お風呂で三上さんの背中を流しながら心に決めたところ、そして最後のシーン。映画が時代を表すとすれば、この映画が持つメッセージは強いし深いし鋭い。タイトルはどういう意味なんだろう。捉え方は見た人に、ということだろう。すばらしき世界。世界の住人の小さな営み積み重ねが世界を作る。実を結ばないことも多く、小さな保身が大きな暴力を助け、小さな暴力で守られた誇りは多くの無関心で踏みにじられる。強くないけど、弱くもない。悪でもないけど、善でもない。どこまでも灰色だけど、皆、すばらしき世界を願う。いろいろ考えさせる映画だ。西川美和さんの映画、私は是枝さんのより好きだね。

 

NHK Eテレ「ソーイングビー2」

イギリスBBCソーイングバトルの第2弾。毎回与えられた課題を時間内に作り、批評を受ける。作品の出来が悪いと退場していくコンテスト番組。ジャッジは、第1弾から続いている、長身男前のパトリックと、第2弾から登場の辛口だけどキュートなエズメ。的確な指摘に出場者はビビるが、辛口なのがかえって嘘っぽくなくていい。番組進行役のお姉さんが明るくて楽しい。出場者同士が回を重ねると仲良くなっていくのもいい。ソーイングの勉強にもなるし、スカーフのリメイクの課題は、今度自分でも挑戦しようと思ってしまった。出場者が会場を去る時には、一緒に涙を流し、褒められるとなぜか口角が上がる。ちなみに、この放送のすぐあとに始まる、全然素敵じゃないのに「素敵にハンドメイド」という番組は見ていない。服は自分で作るより、買った方がはるかに簡単で安い。でも自分が作った服が出来上がるのは楽しい。手先を動かして作ることは、何か精神安定効果があるように思う。疲れた心をカラッポにしたり、年齢的にいえは認知症予防にもなるのではと思う。筋肉も大切だけど、何かを作ることもよい。とりあえず、この番組を見たら、言っていることが多少は分かってもらえるのではないだろうか。

吉行淳之介訳「好色一代男」中公文庫(昭和59年初版)

井原西鶴の「好色一代男」を吉行淳之介が現代語訳にした本。現代語訳と言っても今の言葉にはなっていない。単行本が出た昭和56年の頃なら読めた人も多いのかなあ。日本人の読解力はきっと今よりはあっただろう。もちろん私は当時でも読解力はなかった。しかし、現代を生きる私にはスマホがある。難しい言葉は簡単に検索して読むことができる。スマホ吉行淳之介のおかげで「好色一代男」はとても面白く読んだ。特に前半の世之介誕生秘話から、財産を相続するまでが特に面白い。色事の達人はやはり早熟なのである。還暦60歳で最後は好色号という船に乗って女護島を目指して終わる。本編のあとに、訳者吉行氏の覚書がついている。これを読むと、この「好色一代男」を巡っての学会での騒動やら、現代語訳化する困難さやら、執筆当時の西鶴に関する謎などが分かる。なるほどなあといちいち感心し、目を丸くした。知ることの楽しさは、人生の後半を走っている私にも格別な喜びをもたらしてくれる。ありがたい。訳者吉行淳之介はよく知らないが、最近お亡くなりになった、「ねむの木学園」の宮城まり子のパートナーだったはず。ご自身も相当色っぽい人だったに違いない。その道を知らずして世之介を語れまい。不倫で謝罪会見などをしている現代の野暮天たちにとっては、もう異星の話かもしれない。わずか300年前の話なのに。まあ「わずか」かどうかは人によるけどね。

江戸のエナジー 風俗画と浮世絵 静嘉堂文庫美術館

季節外れの暖かさもあり、ちょっと散歩がてらに静嘉堂文庫の美術館まで行った。展示の最終日だったこともあって、人はたくさんいた。三菱財閥所有の錦絵やら屏風やらが展示されていた。さすが財閥、立派なコレクション。江戸のエナジーの入口は、英一蝶と円山応挙の掛け軸。応挙のはゾウの上に腰かけた美人。出口最後は鈴木基一。チェック柄の軸に色鮮やかな美人画。いい並び。私は其一が一番好きかもしれない。小さな美術館は疲れなくていい。ここには庭園もある。今はちょうど足元に水仙、見上げれば白梅、紅梅が咲いている。寒い時期から咲く梅は人々の春への憧れだなあと思う。今年はひときわそう感じた。最近、浮世絵の本を読んだ。浮世絵研究の本も、江戸の小説も読んだ。そんなこんなで多少知識の堆積ができたせいか、鑑賞していても楽しかった。とはいえ、適当に眺めているだけ、難しい漢字が読めた程度だが、ちょっと嬉しい。コロナで仕方なく家の中で本を読んでいたのだが、学べば、見える世界が変わってくるものだなあと実感した。世の中は、家電がどんどん壊れていく古い家のように、政府も、マスコミも、災厄の日々を伴って奈落へと進んでいるようだ。がっかりにも飽きてしまった。そんなことではいけないのだろうが、日々研鑽という名の逃避を続けている。