NHKスペシャル「人体」取材班/坂元志歩「人体VSウイルス 驚異の免疫ネットワーク」医学書院(2022)

知り合いの本を読んだ。3年もコロナに翻弄されている私たちだが、私のコロナウイルスについての知識はぼんやりとしていた。ワクチンも言われるまま3回受けたが、ワクチンのメカニズムも実はよく知らなかった。しかしこの本のおかげで、やっと何が起こっているのかが少し理解できた。テレビ番組の関連本なので、写真やCG、模式図がふんだんにあって素人にもイメージしやすい。科学の知識は大切だ。怪しい人や宗教に惑わされずに済むかもしれないし。今まで漫然と体の声を聞いていたが、今は、好中球がパックマンのように体中を走り回ったり、インターフェロンが狼煙をあげたり、抗体がミサイル連射したりする様子が、脳内スクリーンに映しだされている。体の中の宇宙が少しリアルになった。とはいえ、少し前まで、壺でも売る勢いのスピリチュアルぶりだった私だったからこそ、目から鱗の本だったのかもしれない。真逆の世界に踏み出してみて、初めて自分の歪みが意識されるのかもしれない。知人のおかげだ。昨今、多様化が叫ばれているけど、人の数だけ正義があって、正義だけが実に多様化している気がする。私の正義が誰かの不快になり、隣人の迷惑になっているのかもしれない。ああ、とかくこの世は住みにくい。でも折角生まれてきたのたから、命ある限り、いろいろ知りたい見たい食べたいものだ。好奇心を大切に。日々新たな挑戦を。年々その思いは強くなる。

フリーマントル 新庄哲夫訳「KGB」新潮選書(昭和58年)

古い書棚から持ってきたロシア系の本。プーチン大統領でお馴染みのKGBのお話である。私のKGB知識はスパイ映画くらいなもので、何も知らない。この本は、スパイ小説で人気の作家が書いた本当のお話らしく、身の毛もよだつ話が満載だった。今から40年前の本で、当時は冷戦、世界が2極化していた頃の話だ。KGBは怖ろしい組織で、読みながら何度も吐き気がした。これだけ自国民を殺してきたなら、他国の人を殺すなんて、わけもないはず。今の情勢もさもありなん。ソ連の秘密警察は、国内のみならず、衛星国と言われた東側の国にも縦横無尽に網を張り巡らせ、歯向かうもの、少しでも疑問を見せるものを、即座に殺害、徹底的に見せしめとした。結果、人々には深い恐怖を植え付けた。そんな世界で生きてきた国民は、半世紀経っても、絶対に本心など明かすはずはないだろう。怖ろしさは骨の髄までしみこんでいるはずだ。KGBは、東側世界のみならず、国連にも西側諸国にも入り込み、細部にまで浸透していたらしい。外交官は常に監視され、亡命の気配の片鱗でさえ致命的となった。絶対に裏切ることが出来ない仕組みが作られているのだ。ちょうど我が国の細部にまで、統一教会の種がまかれているように。KGBの種は簡単に取り除くことはできそうにないし、その影響は計り知れない。クリミア半島侵攻、その後のウクライナとの戦争。この本を読んで、その深刻さは増した。世界はあっと言う間にいびつになってしまった。戦争の火種がそこかしこに生まれ、どうしていいか分からない。もう止められないのだろうか。誰にも。

 

 

中村紘子「チャイコフスキーコンクール ピアニストが聴く現代」新潮社(1988年)

本が出た頃に読んだ記憶がある。30年の月日を経て再読。今読んでも面白い。年月を越えても変わらぬ面白さ、素晴らしさ、当時の私は知る由もなかった。我が家の古い書棚にある数少ないロシア系の本として手に取ったのだが、ロシアという国を知るという点でも興味深い本だった。当時はソビエト連邦。筆者は日本で1番有名なビアニストだった中村紘子さん。美しくて華やかで、知的て気品にあふれた彼女が1か月半ほどソ連に滞在して審査員としてチャイコフスキーコンクールな参加した話だ。コンクールの話に加え、文化、ビアノの歴史など、さまざまな話が絶妙に混ざって、どんどんページが進んだ。ビアニストなのにこんなに文章が上手なんて。それが中村紘子という人間の深みなのかと思うとあらためて感動し、同じ国に生まれて良かったと思った。さて、今の日本のピアニストたちはどうしているのだろう。経済力も、清廉さも失った我が国で、芸術家達はどうやって生き抜いているのだろうか。古い体質がすべて悪いわけではないが、今はその弊害ばかりが目につく。既得権益に居座る魔物には退散してもらいたい。そして、明日は安倍さんの国葬らしい。

「李兎煥 Lee Ufan」国立新美術館

前から見たかったのだが、なぜ見たかったのかは思い出せない。最近忘却力がすごい。雨の国立新美術館は二科展のせいか、予想以上に騒騒しい。喧噪から一転して会場は静かな世界。リ・ウーファンは現代アートの人で韓国出身だが、日本での創作も長く、今ではヨーロッパ在住のようである。最初の部屋には色鮮やかな3枚の絵が向かいあう。次の部屋には石と鉄板。新しい部屋に入るたびに、新鮮な驚きに出会う。同時に自らの内なる扉が開き、思索へと導かれる。見る人が歩き回っているうちに、作品の中に引き込まれるのか、見ている自分の心の中に沈みこんでいくのか、境界ははっきりしない。ただただ、その流れが甘くて楽しい。作品に登場する石がどれも美しい、たたずまいが生きモノのようでもあり、背を丸めた人の姿に見えたりもする。モノの存在が響き合う。共鳴が想像の翼を広げ、心が飛び回る。そんな展覧会だった。普段、思索する機会などめったにないが、現代アートの楽しみはこうした思索の旅なのかもしれない。ボルタンスキーの深い悲しみとは変わって、リウーファンの世界は穏やかだけど多弁。深くて静かな思考の流れが日常の憂さを忘れさせる。私たちの日常世界は以前より貧しくなってしまった。閉塞感と不信は深まり、心は塞ぎがち。今は忍従の時なのだろうか。もはや流れは止められないのだろうか。今、行動しなかった自分をいつか後悔するのだろうか。行く先はなんだか暗澹としている。

橋本治「青春つーのはなに?」集英社文庫(1991年)

今回の橋本治は前半が難解だった。途中から理解することを諦めたら、やはり橋本治はいいなあと思った。巻末の解説の中野翠さんを読んだ。なんだ、わかんないのは、私だけじゃないんだと知り、橋本治がまた好きになった。彼の本は、どこに連れて行かれるのかが分からないミステリーツアー。怖ろしく頭の回転の早いオネエ様が毒舌だけど優しく案内してくれる。スリリングで難解で、軽快で深遠で、子どもっぽいけど、大人の自由を感じさせてくれる。それにしても周りを見回してみても、本物の大人なんて、そもそもいやしないね。皆、子どもが歳をとっただけ。老いた少年少女のひとりの私も最近は、言葉に意識が低い人が耐えられなくなった。そういう自身も語彙も少なく、文章も月並みなんだから余計なのだ。豊かな言葉世界に憧れ過ぎて、橋本治推しなのだ。言葉を失った今の私たちは、説明責任を果たしてもらうこともなく、果たすこともなく、なし崩しで税金使い果たしてしまいそうだ。環境に優しくしすぎてコンビニのコーヒーばかり飲んでいる。早く言葉を取り戻さなければ。奪われたことさえ気づかないまま。大切なものを私たちは着実に失いつつある。

NHK夜ドラ「あなたのブツここにあります」

久しぶりの夜ドラヒット。先週は危うく泣きそうになった。大阪のキャバクラで働いていたシングルマザーのお姉さんがコロナで騙され困窮して宅配業界で働くお話。コロナを扱ったドラマはそう多くはないが、その中でもかなりの秀作だと思う。主演の仁村紗和ちゃん。初めて見た子だけど、飯島直子的なヤンキー感があってなかなかいい。子役の毎田暖乃ちゃんは今回もめちゃくちゃ上手い。お母さんのキムラ緑子さんは言うまでもなく完璧。この3人に癖のある脇役陣が絡んで全体的にボップな仕上がりで、そこがまたいいのだ。お茶目な部分と深刻な部分のシンクロ具合が深みとなって、切なさを倍増させている。コロナでいろんなことが変わってしまった。嘆いていても事態は元に戻らない。弱い立場の人は置いてきぼりにされたし。政府も社会も冷たいし。余裕は全くなくなった。止まったら負けやねん。みんなそんな思いで毎日を過ごしている。弱いけど続けなあかん、止めたらもう立ち上がれんような気がするからか。ブルーハーツ並の怒りと情熱が足りない。私たちは、声をあげて泣き叫ばねば。でないと黙ってマグマを溜めるばかりだ。テロとは、こういう絶望の淵から生まれるものだと思う。

佐藤勝「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」新潮社(2005年)

これもロシア関連本として読む。四半世紀前に、北方領土返還にむけて奔走していた鈴木宗男さんと佐藤勝さんがよくわからない容疑で捕まった話。そして当時、外務省でロシアの情報分析をしていた佐藤勝氏が、鈴木宗男氏をターゲットにする国策捜査について語る話でもある。国策捜査とは国の偉いヒトが、ターゲットに定めたヒトを検察の力で否応なく社会的に葬りさることらしい。国が本気を出せば、誰だって消せるということだ。おお怖い。この事件を機に時代は大きく転換していったと著者はいう。都市の利益を辺境の地方にまで平等に分配する時代から、規制を取り払い皆が競争して富を獲得して、大きな富のおこぼれを貧しい者が拾う時代へと移っていった。その意味も今ならよく分かる。日本が3流へと落ち始めたのも、プーチンが大統領になったのもちょうどこの頃だ。そして、北方領土は未だ返還されないまま、現在に至り、ロシアは戦争を始めた。佐藤さんの生真面目な文章は静かな怒りの炎で一杯だった。彼のキリスト教関係の本を読んだことがあったが、とても面白かった記憶がある。当時の外務省の記録はあと数年で公開されるはずだ。それで真実が明らかになったら、またこの本の続編を書いてほしい。その時まで日本政府がちゃんと書類を保存していてくれることを切に願う。そして佐藤優さんには今のロシアについても、もっともっと語ってほしいと思う。