「佐伯祐三 自画像としての風景 」東京ステーションギャラリー

有働さんが高校の後輩だからか、音声ガイドしているらしい。東京駅丸の内北口のステーションギャラリーに初めて行ってきた。会場はやや狭いが、なかなか雰囲気のあるギャラリーである。佐伯祐三は昔から好きだった。子どもの頃、根津甚八佐伯祐三を演じたドラマを見て以来、ずっと好きだ。故郷の美術館で見た佐伯の作品も来ていて、久しぶりの再会を果たした。絵の再会は何やら年々感慨深くなる。佐伯祐三は、暗い灰色の空やらエゴン・シーレを思わせるような鋭い筆使いなどから、さぞかし屈折した作家なのかと思っていたが、そうでもないらしい。若い頃の自画像や初期の風景画、周りの人を描いた人物画、特に娘の彌智子の絵に見られる、まあるい赤など、佐伯祐三の別の顔を見た気がした。独自の画風を求め、それを手に入れた矢先に消えてしまった早逝の画家。パリには行ったことがないが、私のパリはこれだ。白い壁、広告の文字、佐伯祐三の絵はとても繊細だけどどっしり重い。短い生涯だが、頂点まで極めた。いや短い生涯だったからこそか。自画像としての風景。確かに彼の風景画には佐伯祐三が見える。

NHKドラマ10「大奥」

何年か前に民放でやった同名のドラマも面白かった記憶かある。原作が良く出来ているのだろう。そんなドラマを今回はNHKがリメイク。脚本は森下佳子。そりゃ面白いだろう。時代劇はNHKにアドバンテージがあるのは当然だし。さて、お話は赤面疱瘡という疫病が流行って、若い男が次々と亡くなってしまった江戸の御代。将軍も病にかかり、なんと上様は女の子だったという話。ゆえに大奥は美しい男たちで一杯。今どきにピッタリのお話である。初回に八代将軍吉宗冨永愛が登場した。冨永愛をキャスティングしたのが素晴らしい。美しくて凛々しくて。着物も似合うし。まさに理想の上様。2回目の春日局斉藤由貴の怪演と、堀田真由のMっぷりもよかった。今のところこれが1番面白いかな。大河よりも面白いかもしれないけど、視聴者のおじさん達はそれを許さないよな。

フジTV「罠の戦争」

友達のすすめで見てみた。以前の草彅君の戦争シリーズはエグ過ぎて断念したことがある。今回もおっかなびっくりしながら見てみた。お話は優秀な政治家秘書が息子の事故をきっかけに復讐する話らしい。草彅君の顔演技が見事で思わず見入ってしまった。憎まれ役の田口浩正も、本田博太郎も本当に憎たらしくて、友人の言う通り、癖になるかもしれない。朝ドラで過労死した善人父さん役の高橋克典が悪そうな総理大臣役だった。そっちもなかなかお似合いで、高橋克典のこと、年々好きになる。井川遥が草彅君の奥さん役、少し疲れた感じが色っぽい。宮澤エマは戦うジャーナリスト。最近は女性ジャーナリストが流行りらしい。お話は始まったばかりなのだが、既に半沢直樹的なイメージ。SMAPで1番上手な役者である草彅君に、最近はアーティスト?の香取君が主題歌で共演。SMAPがいなくなってからのジャニーズは空中分解寸前。逆によく今まで続いたのか。いろいろ壊れて新しいものになる。今が破壊の時間なら、どんどん壊れていくのは仕方がないね。新しい世界のために。

高野秀行「語学の天才まで一億光年」集英社インターナショナル(2022)

前々から気になっていたので、お正月のお年玉として購入。思っていた以上に共感できてあっと言う間に読んでしまった。自分も語学習得が好きなので、作者が落ち込んだ時に新しい語学を始めてしまうくだりには強く共感した。そうなのだ。語学学習には何かから逃れる力がある。同じ気持ちを持つ人間がいたんだと感慨無量になった。また作者が珍獣ムベンベを探しにコンゴを放浪したりしていた時期が自分の脱線時期とも重なり、深く感じいってしまった。読めた。話せた。聞こえた。無意味な音や記号の羅列でしかなかったものが、突然意味をなす瞬間の喜びがたまらなくて、今も性懲りもなく、言葉を学んでいる。読み終えたらまた外国語に囲まれたくなった。随分日本にこもってしまったからね。やっとコロナも落ちついてきたし、元気を出すためにも外に出ねばなりません。旅は百薬の長である。

「星野道夫 悠久の時を旅する」東京都写真美術館

星野道夫さんの写真展を東京都写真美術館に見に行った。会期終了が近いからか館内は老若男女がひしめいて大変混んでいた。亡くなってだいぶ経つのに、今も人気は衰え知らず。何がそんなに人々を引き付けるのだろう。「旅をする木」を読んだのは、1996年頃だから、もう星野道夫さんは亡くなっていた。旅人が置いていった本を偶然手にとって読んだ。さわやかだけど、ちょっと淋しげな印象を持ったことを覚えている。当時は日本経済が強くて、勢いに溢れていた時代だった。星野さんもイケイケの国から、何か違うものを求めてアラスカに向かっていったのだろう。ブッシュパイロットの友人の写真に、「空軍のエリートパイロットだった彼が、辺境のブッシュパイロットになった。何かを下りた人が持つ、独特の優しさがあった」と言うくだり、星野さん自身も何かから下りた人だったのかもしれない。皆が憧れる第一線でバリバリ働くことや、キラキラ輝く世界に身を置いたりが、どうしてもできない人がいる。否定しているのではなく、そこに向かえない。何かになりたくないし、なれもしない、ただそれだけ。逃げているのかもしれないが、そういう生き方しか出来ない人もたくさんいる。星野道夫さんの写真は大きくひいた写真がいい。大きな山や空、氷河に対して、豆粒にしかならない存在、そんな写真が大好きだ。広大な氷原を一匹で歩くホッキョクグマと私たちは同じだなあ。そんな風に思って見ていた。今年は旅に出ようと強く思った。

「ケイコ 目を澄ませて」(2022)

岸井ゆきの主演。耳の聞こえないボクサーの話。体重を増やしてトレーニングをして、ほとんどセリフのない役を演じる岸井ゆきの。この役、菜々緒にオファーあっても、彼女はやらないだろうなと思った。それほど、この映画に出る女優さんには覚悟もいる。だが、思ったほど岸井ゆきのはブザイクではなく、清々しい女神感さえ漂っていて、これは彼女の勝利なのだろうと思った。目を澄ませて。そんな、表現するかなあ。でも澄んだ瞳があるから、澄ませてもいいのかしらん。不器用に生きるケイコに、特別な思い入れもなく映画は過ぎていく。皆、それなりに手のひら一杯の不幸を握って生きている。それを嘆いても嘆かなくても、命は続いていき、そう悪くもない天気と、土砂降りの雨と、どんより曇った空を、繰り返す。そんな日常を生きる人間の目を、岸井ゆきのがしていた気がする。不器用な体を全部使って、そういう目を見せてくれた。秀作と言われるのも頷ける。

 

川上弘美「真鶴」文藝春秋(2006年)

単行本を買うことは滅多にないので、この本を買った時の記憶はしっかりとある。ただ内容は買った記憶ほど鮮明ではない。川上弘美らしい、ちょっと地面から浮いているような話だったという記憶があった。主人公は、夫が何年か前に失踪し、娘とおばあちゃんとの三世代の女で暮らしている。編集者の愛人がいて、娘の百は少し反抗期で、夫にだんだん似てくる。主人公は何かを求めて真鶴へと頻繁に出かけていく。真鶴をさまよい歩きながら、心の中にモヤつく幻影たちと交流し、やがて幻影たちと自分自身との境目を溶かす。主人公の心を取り巻く影はだんだんと消えていく。失踪した夫の失踪届けを出し、愛人と別れ、主人公の仕事である小説は書き上げられて話は終わる。変化しないものなど何もない。人はどんどん移り変わっていく。永遠に変わらぬと誓ったその時から色褪せ崩れ始めていく世界。それを悲しむではなく、もっと生生しく味わうこと、それが生きるということなのかしらん。命はこんなに柔軟なんだなあと。喪失の深刻とは別のところにある何か、心のパズルのようなものが時間とともに解かれ、やがてぴったりとはまっていくような話だった。15年前に読んだ時よりもずっと面白かった。それはここに書いてあるパズルのようなものを、私自身も持っていたからかもしれない。今では主人公と同様、幻影は姿も声も出してくれないけど。私は今も生きている。